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サン・ジャックに導かれて


フランス語でホタテSaint-Jacquesサン・ジャック
その呼び名はキリスト教巡礼地のひとつ、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラからきているそうだ。
「サンティアゴ」をフランス語で言うと「サン・ジャック」となる。

「サンティアゴ」とはスペイン語で聖ヤコブのこと。この聖ヤコブを埋葬したとされる教会が建てられたのが、スペイン北西部の街サンティアゴ・デ・コンポステーラである。

サンティアゴへ向かう巡礼者たちが、この貝殻を首にぶら下げ、湧き水で水を汲むために使用したそうだ。その後、貝殻は巡礼者の目印となったと言われている。

この目印のサン・ジャックを先日Bourgesブールジュという街を歩いている時に見つけた。

ブールジュの街で見つけた目印のサン・ジャック
金属製のサン・ジャックが埋め込まれている


ブールジュは、フランスのサントル・ヴァル・ド・ロワール地域圏のシェール県にある都市。かつてのBerry地方の中心地だった。


ここに来たのは偶然で、私達のお店で注文しておいたワイン10ケースを受け取りに、BerryにあるドメーンDomaine de la Logeに行き、帰りにお昼を食べにここに立ち寄ったのだ。
お昼を食べた後、少し散歩している時に、このサン・ジャックを見つけた。

この目印のサン・ジャックがあるということは、ここはサンティアゴ巡礼路になっているんじゃない?と思い、直ぐにWikipediaで調べてみた。

フランスでは、「トゥールの道」、「リモージュの道」、「ル・ピュイの道」、「トゥールーズの道」の主要な4つの道がスペインに向かっている。スペインでは、ナバラ州からカスティーリャ・イ・レオン州の北部を西に横切り、ガリシア州のサンティアゴ・デ・コンポステーラへ向かう「フランスの道」が主要である。

Wikipediaより
ヨーロッパのサンティアゴ巡礼路(Wikipediaより)

上の地図を見ていただきたい。
フランスからは4つのルートがあり、それぞれ青い線で示されている。
上から「トゥールの道」、「リモージュの道」、「ル・ピュイの道」、「トゥールーズの道」。
それでいくとブールジュは上から2番目の「リモージュの道」ということになる。
ちなみにブールジュの位置は青い線で囲んである部分。
Vézelayヴェズレーから出発し、サンティアゴ・デ・コンポステーラへ向かうルートの2番目の街にあたる。

私はカトリック教徒ではないが、以前からサンティアゴ巡礼には興味があった。
私のバイブル本の一つ「アルケミスト」の著者パウロ・コエーリョの処女作「星の巡礼」を読んで、いつかサンティアゴ巡礼を体験してみたいと思ったからだ。


さて、サン・ジャックを見たからには、導かれるのも悪くないなとサン・ジャックの示す方向に歩いてみた。


ブールジュの旧市街には古い木骨組みの家が立ち並んでいた。

 ブルボヌー通りの木骨組みの家


狭い路地もなかなか風情があった


Maison de Bienaimé Georges

15世紀に建てられたこの邸宅は、ジャンヌ・ド・フランスの市会議員でもあったBienaimé Georgesのものだった。
彼はアノンシアデ修道院の建設を監督し、1494 年に自分のためにこの家を建てた。
ゴシック様式のファサードは断片のみが残っている。


旧市街を散策して最後に辿り着いたのは、 Cathédrale de Bourges ブールジュ大聖堂である。

北側、聖母マリアの扉口全景


聖母マリアの扉口上の彫刻


聖母マリアの扉口タンパン

12〜13世紀に建てられた大聖堂は、ユネスコの世界遺産に登録されている。
ブールジュ大聖堂がユネスコの世界遺産に登録されている理由は 2 つ。
1 つは注目すべきモニュメントであること、もう 1 つはヴェズレーからコンポステーラに向かう道の途中の中継地であること。 

大聖堂の内部

大聖堂の中に入ると、美しく、壮大なステンドグラスが目を惹く。
一歩足を踏み入れた瞬間に、ハッとするほど、澄んだ空気を感じた。

静まり返った聖堂の中で、数えきれないほどのサンティアゴ巡礼者がここを訪れたのだろうなと想いを巡らした。

もっとゆっくりしたかったが、お店に戻らなければならず、名残惜しさを感じながら帰路についた。

たまたま昼食の為に立ち寄ったブールジュの街。
サン・ジャックに導かれて、プチ巡礼の気分を味わえた良い時間だった。
久しぶりにサンティアゴ巡礼に行く夢も思い出させてくれた。







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