終戦記念日に寄せて【詩作品】映写機〜母から語り継がれたもの〜
【映写機】
人だかりをかき分けると、列車の前に立つ兄がいた
緊張して背筋をピンと伸ばした姿
昨日までの屈託のない面影は消え、強ばった表情
声をかけたくとも見えない壁があるようだった
見送りの激励 小旗が揺れる 万歳三唱
「行って参ります!」踵を返した瞬間 あっ…
兄の背嚢から林檎が一つ転がり落ちた
スローモーションで弾んでいく 弾んでいく 赤
咄嗟に身体が動いた 慌てて逃げていく赤を追いかける
やっとのことで追いつき、もどかしく掴み取ると
まっすぐ兄の元へ駆け寄り
「はい!」と林檎を手渡した
*
脳裏に浮かび上がるセピア色の映像は
いつもそこで幕切れとなる
子供の頃、繰り返し母から聞いた出征のワン・シーン
それが母が最後に見た四つ年上の兄の姿だった
「南方の海で鱶のエサになっちゃった…。」
魚雷で戦艦ごと沈んだ兄を偲んで
時折遠くを見つめるように呟く母の声が
今でも耳に残る
黄ばんだ写真の中、微笑む二十歳の青年
叔父だと教えられたのはいつの頃だっただろうか
叔父が存在した証の古いアルバムも
今は廃屋のどこかに埋没して
叔父の名前も母亡き後は知るすべもなく
唯一私の中に遺された映写機が
会えるべき人に会えない不条理を
カタカタカタと、リール音を鳴らしながら映し続ける
*詩集『柔らかい檻』収録作品
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