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9章:おわりに

 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
 コロナ禍の最中に、僕は1年弱をかけてこの本の原作に携わりましたが、本書を作り始めた頃と作り終わる頃では、ずいぶんと心境に変化がありました。

 たとえば、当初は、1年以内にコロナ禍は収束し、以前と同じように大道芸ができる世の中が来ることを想定していました。
 ですから、オリンピック開催に向けて、外国人観光客が増えることや、それに向けた治安維持のために警察官の取り締まりが増える可能性についての内容を盛り込んでいました。
 もしその通りの状況が来ていたら、この本も、もっと早くリリースできていたことと思います。
 しかし、現実にはそのような状況にはならず、またリリース時期も変わってきたこともあり、内容を整えることを余儀なくされました(ちなみに、オリンピックに向けて警察の大道芸の取り締まりだけは、事実強化されていました)。

 もちろん、コロナ禍である今現在、本書のとおりのことを実践することは難しいことであると思います。
 また、アフターコロナでは、たとえば3密を避ける非接触の演技を心掛けるなど、目指す方向性が変わってくる可能性もあるでしょう。
 しかし、本書の内容を理解していることが、アフターコロナの大道芸においてでも有効であることは、作者として自信を持っています。


今後の投げ銭事情

 ところで、今回のコロナ禍のような大きな変化は、こと大道芸に関して言えば、それほど珍しい事態でもありません。
 大道芸を取り巻く環境は、常に変化し続けているからです。
 たとえば投げ銭の金額は、コロナ前から年々減っていっていました。
 僕が大道芸を始めたのは今から18年前、19歳の頃です。このときは、最近よりもずっと投げ銭が入りやすかった時代でした。
 今ならば投げ銭が貰えないような、つたない芸をしていた僕に、今よりもたくさんの人が投げ銭を入れてくれていたのです。
 それでも当時の先輩芸人に言わせれば、
「バブルの頃よりずいぶん下がった」
という話でした。

 それから十数年後、また別の、腕の良い先輩芸人の投げ銭金額を目標に、僕は芸を磨いていましたが、なかなか追いつけずにいて、芸の伸び悩みを感じていました。
 しかし、後から聞いてみると、その先輩自身も、自分の金額をキープできておらず、腕前によらず投げ銭の金額が下がるという暗黒の時代が来ていたのだと知りました。


今までウケていたことがウケなくなる時代

 投げ銭が下がって来ている理由は、もちろん長期に渡る景気低迷によるものはあるでしょう。
 しかし、それ以外にも、YouTube、TikTokをはじめとするSNSの発達もまた、大きな要因だったと思います。

 かつては路上の大道芸でしか見られなかったハイレベルなパフォーマンスが、今では自宅でスマホから見れてしまいます。
 ネットで無料で見るパフォーマンスと同じものを路上で見たとしても、現代人は有料のものを見たという意識にはなりません。ネットの演技以下であれば、尚のことです。
 そういう理由で、過去にウケていたことが、今ではウケなくなってしまったのだと、僕は解釈しています。

 ですから、今の時代の大道芸では、ネット動画では感じられない価値を生み出さなければなりません。すでに投げ銭のもらい方の章で説明したとおりです。


チーズはどこへ消えた

 ご存知の方も多いと思いますが、『チーズはどこへ消えた?』は、2匹のネズミと2人の小人がチーズを求めて迷宮を探し回るという物語の、大ベストセラーです。
 自分たちが大切にしているチーズがある日突然消えたとき、ネズミのスカリーとスニッフはすぐに次のチーズを探しに行きますが、小人のヘムとホーは、知性があるばかりに、原因を探ったり新たな旅に恐怖したりして、なかなか動くことができません。
 長い葛藤の末、小人のホーは勇気を出して、次のチーズを探しに行く決意をしますが、ヘムのほうは、どうしても今いる場所から動くことができません。突然消えたチーズが、いつかきっと舞い戻ってくると思い込んでいるからです。
 こうしてヘムがいつまでも動けずにいる間に、ホーは新しいチーズに辿り着きます。
 先に辿りついていたネズミのスカリーとスニッフも、やっとたどり着いた小人のホーを歓迎しました。

 この物語は、大道芸人に2つの教訓を与えてくれているように思います。
 1つ目は、状況の変化に合わせて、自分も変化することの大切さです。
 稼げていたのに稼げなくなった、ウケていたのにウケなくなった、密になってもよかったのに距離をとってマスクをしなければならなくなった。このような状況の変化があったのに、自分が変化しようとしなければ、小人のヘムのように取り残されていってしまいます。
 変わっていく時代に合わせて、セオリーも変わっていくかもしれません。
 常に変化して、進化していかなければならないという教訓が、ここにはあると思います。

 2つ目は、現状を把握し、未来を察知することの大切さです。
 ある日突然チーズが消えてしまったというのは、小人のヘムとホーの視点です。2人は、いつまでもチーズがあり続けると慢心していたために、日々の小さな変化を見落としていたのです。
 一方、ネズミのスカリーとスニッフは、毎日チーズを調べていて、いずれ無くなるであろうことを察知していました。原因を深く追及する知性が無かったという理由の他に、無くなったら次のチーズを探しに行くという心構えができていたことも、行動が早かった理由でした。
 いま稼げていることに慢心せず、YouTubeやSNSの台頭によって変化がある可能性を察知していれば、そうなったとき、あるいはそうなる前に行動を起こせます。
 事が上手く運んでいる最中であっても、細心の注意で時代を読み、新しいことを考えていかなければならないという教訓でしょう。

 これらの教訓をうまく取り入れて、末永く、自分が楽しいと思える大道芸を続けて行くことができる人が増えるならば、本書の原作者として、この上なく嬉しいことです。


2021年9月25日 藤田安慈


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