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感染症・寄生生物とよそもの嫌い(ゼノフォビア)【連載】人を右と左に分ける3つの価値観 ―進化心理学からの視座―

※本記事は連載で、全体の目次はこちらになります。第1回から読む方はこちらです。

 現代の公衆衛生と医療が行き渡っている先進国でも、感染症と政治的志向(部族主義)が密接に関係していることが数多くの研究で明らかにされています。つまり、慢性的か危険が高まった状況だけかに関わらず感染を恐れている人は、自民族・自集団中心主義の傾向があり、ほとんどの場合、家族や身近な仲間など、よく知っている人ばかりと交流します(注23)。これは、接触を必要最低限にすると同時に、病気になってもこの親密な内集団なら世話をしてくれたり援助してくれる見込みが高いからです。
 このような研究のなかでも最大級の規模と綿密な照査を誇る実験は、マイケル・バン・ピーターセンとリーネ・アーローが実施したものです(注24)。彼らは、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)にある州ごとの感染症発生率のデータに基づいて分析を行い、考えられる限りの変数(人種、年齢、性別、教育、社会経済的因子、州の失業率、移民人口の規模、支持政党など)をひとつひとつ調整していきました。その結果、移民に対する反対が最も多かったのは、感染症の発生率が最も高く感染に対する不安が最も大きい州だったのです。
 彼らの研究には、様々なタイプの移民に対する態度を調べたものも含まれています。アメリカ人の被験者を3つのグループに分けて、馴染みのある国と馴染みのない国からやってきた男性移民について尋ねた調査で、ひとつのグループには、その移民は英語を学ぼうとする意欲がとても強く、アメリカ人の民主主義の価値観に傾倒していると伝えました。第2のグループには、その移民は英語を学ぶ意欲をあまりもたず、アメリカ人の理想に懐疑的だという情報を与えました。第3のグループには、その移民が社会に溶け込みたいという希望について何の情報も与えませんでした。その結果、病原菌に不安を抱いていた被験者は、あまり知らない国からの移民よりも、よく知っている国からの移民を積極的に歓迎したのに対して、移民が社会に貢献したり米国の価値観を尊重したりする見込みが回答に影響を与えることはありませんでした。つまり、病原菌を恐れている人は、相手が自分にすることではなく、相手の病原菌が自分にすることを恐れているわけですから、相手の意図は無関係になるというわけです。

 ロサンゼルスの社会科学者による調査でも、自民族中心主義のスコアが高い人ほど、人と握手をした後すぐに手を洗うと報告する傾向にあることがわかっています(注25)。また、カナダの心理学者、マーク・シャラーをはじめとした研究者たちの研究でも、慢性的に病気を心配している人は、海外旅行に行きたい、または外国人や外国の料理と接触する機会があるかもしれないその他の活動に加わりたいとはあまり思わない、と自己申告する傾向が確認されています(注26)。
 似たような研究報告として、妊娠中の女性が免疫力の低下に伴い、外国人嫌いになることが報告されています(注27)。これは、進化心理学者のダニエル・フェスラーらによる研究で、妊娠している女性は、妊娠初期に胎児を拒絶しないように免疫系の働きが抑えられますが、これに伴って、新たな病原菌から距離を取るために、外国人嫌いの傾向が強まることが確認されています。ちなみにこの傾向は、胎児を拒絶するような危険が過ぎ去った妊娠中期以降にはなくなることも確認されています。フェスラーがダイアナ・フライシュマンと共同で実施した研究では、妊娠初期に免疫系の働きを抑えるプロゲステロンというホルモンが外国人に対する否定的な態度と食べ物の好き嫌いを促すことを突き止めています。これは、病原菌がつきやすい食品を取るのをやめさせようとする適応反応であると考えられています。
 このホルモンによる心境の変化は妊娠期間に限られたものではありません。女性の排卵周期の黄体期(卵巣から卵子が放出された後の時期)には、卵子が受精した場合に免疫細胞によって攻撃されることなく子宮に着床できるようにするために、プロゲステロンの分泌が増えます。これに伴って黄体期には、嫌悪、外国人恐怖症、病原菌に対する不安の感情が高まり、手を洗う頻度や公共トイレで便座に紙のシートを敷く頻度が高まるということもフェスラーとフライシュマンは確認しています。

 衛生状態に関する執心と右派のつながりを示す他の報告として、イギリスの嫌悪学者、ヴァル・カーティスらのチームは、非衛生的な行動に最も嫌悪を感じる人が、処罰に対する態度のテストで平均より高い点数を示すことを発見しています(注28)。このような人は、犯罪者を投獄し、社会のルールを破る者を厳しく罰することを最も高く支持していたのです。この報告は右派がRWAテストで、「逸脱した集団やトラブルメーカー達を厳しく取り締まらなければならない」と考え、処罰や警備を厳しくする考えを支持していたこととも整合します。

 感染症リスクが高そうな場所にいるだけで、道徳的に厳しい判断を下すようになるという報告もあります。これは、イギリスの心理学者シモーヌ・シュレールが行った実験(注29)で、道徳的に問題のある行動(履歴書でうそをつく、盗んだ財布を返さない、飛行機が山奥に墜落した人が生き延びるために人肉を食べるなど)について、学生たちに不潔な場所と清潔な場所でじっくり考えてもらいました。すると、食べものでひどく汚れた机に向かい、噛み潰されたペンを使って回答した被験者は、清潔な机に向かって回答した被験者と比べて、それらの道徳違反をより悪質だと判断する傾向が強まったのです。
 他にも、臭気ガスのスプレーや嘔吐物のにおいを出す化合物質などを使って、実験参加者の知らないうちに感染症を想像させて嫌悪を引き出した際の、被験者の道徳観の変化が数多くの実験で報告されています(注30)。具体的には、賄賂、非倫理的なジャーナリズムなどの「非道徳的行為」やポルノ、婚前の性行為といった「性の寛容さ」に関わる事項について、被験者が嫌悪を感じている場合にそれらを強く非難するようになることがわかっています。また、他の実験でも、有毒ガスのにおいを嗅いだ被験者は、そのようなにおいにさらされなかった人たちよりも、聖書に書かれている内容を支持する傾向が強まったことが確認されています。
 心理学者のマーク・シャラーとダミアン・マレーが行った調査(注26)でも、感染症の脅威を思い浮かべた人は、より慣習的な価値観を支持し、社会規範に違反する人を軽蔑する傾向が強まることが再認されました。ちなみに、乱暴な運転、戦争、その他の安全に対する脅威に不安を感じた場合も、体制順応を好む傾向が強まりますが、病原菌への恐怖ほど大きな違いは生まれません。
 感染リスクを連想させるアイテムが置かれているだけで、人の考え方が右寄りになるという研究報告もあります。これは、コーネル大学のデヴィッド・ピザロらの研究チームがキャンパスで大学生の被験者を募り、政治的信条に関する調査票に記入してもらった実験です(注31)。その際、被験者の半数を手の除菌ジェルの隣のエリアに座らせ、もう半数にはそのようなものが見えない場所に座ってもらって、さまざまな道徳、財政、社会問題に関する意見を尋ねたところ、ジェルの近くに座った被験者はこれらの設問で右寄りの回答をする傾向が強まることが確認されました。別の被験者を集めて、殺菌用ハンドワイプを使ってからコンピューターで設問に回答してもらった場合も、同様の結果が報告されています。つまり、右派の人はもともと感染リスクに敏感で清潔や純潔にこだわるのに対して、右派でない人でも感染リスクにさらされたり、それを思い浮かべたりするだけで右寄りになるという双方向での関係性があるということです。
 2020年以降、世界的に新型コロナウイルスが流行し、いたる所に除菌ジェルが置かれるようになりましたが、この関係性が正しいならば、これによって人々が右傾化すると推測できます。実際に、米国やヨーロッパで、アジア人を対象とした差別や迫害、事件が急増していますし、2020年のアメリカ合衆国大統領選挙でも、新型コロナウイルス危機への対応に多くの点で失敗したドナルド・トランプ元大統領が、前回選を上回る7000万人を超える得票数を得ています。

 それでは、逆に感染リスクのような社会的恐怖心に鈍感になると、人は左寄りの考え方になるのでしょうか。ドイツのハイデルベルク大学のアンドレア・サントスらがウィリアムズ症候群という遺伝的疾患をもつ少女とそうでない対照群の少女を対象とした実験で、これを示唆するような報告をしています(注32)。この疾患の特徴の一つは、社会的恐怖心を感じなくなることで、ウィリアムズ症候群の人は赤の他人に対してもまったく恐怖を抱きません。また、とても人懐っこく、他人の気持ちなどに共感しやすいこともわかっています。音感が良いためか音楽に興味を持つ人が多く、歌や楽器演奏がとても上手な人が多いのも特徴です。このような恐怖心や警戒心の無さ、協力や共感が重要な音楽の才能を備えているという点で、極端に左寄りの性格を持った人たちだといえるかもしれません。このようなウィリアムズ症候群の少女らは実験で、大人の男女の性的なステレオタイプについては対照群の普通の少女らと同様に学習できたのですが、人種に関する否定的なステレオタイプについて大人が会話するのを耳にしたとき、対照群の少女はそれをすぐに理解したのに対して、ウィリアムズ症候群の少女はまったく理解できませんでした。つまり、社会的な恐怖心の欠落が、人種的偏見の形成を妨げたのです。
 普通の人でも、薬を飲めば人種差別的な反応を減少させることができるという報告もあります(注33)。これは2012年に、プリマス大学の社会心理学者、シルビア・ターベックらの研究グループが実施したもので、高血圧の治療薬であるベータブロッカーに、人種差別的な反応を減少させる効果があることを発見しています。この研究では、健康な白人のボランティアを二つのグループに分け、一方には本物のベータブロッカーであるプロプレラノール40ミリグラムを、他方のグループには偽薬を服用してもらい、服用から1~2時間後に、潜在的な人種的偏見を測定するテスト(IAT)を受けてもらいました。これは、被験者に黒人と白人の写真を見せ、好意的か否定的かに即座に分別させることで、無意識下にあるその人の人種差別的な偏見をあぶり出すものです。その結果、本物のプロプレラノールを服用したグループでは、潜在的な人種偏見の傾向が著しく低下していたことが確認されたのです。


23. Carlos David Navarretea, Daniel M.T. Fessler, Disease avoidance and ethnocentrism: the effects of diseasevulnerability and disgust sensitivity on intergroup attitudes, Evolution and Human Behavior 27 (2006) 272.
24. 『心を操る寄生生物 感情から文化・社会まで』キャスリン・マコーリフ著、西田美緒子 訳; インターシフト; 2017年, 229-30.
25. Carlos David Navarretea, Daniel M.T. Fessler, Disease avoidance and ethnocentrism: the effects of diseasevulnerability and disgust sensitivity on intergroup attitudes, Evolution and Human Behavior 27 (2006) 270-82.
26. Mark Schaller, Damian R. Murray, and Adrian Bangerter, Implications of the behavioural immune system for social behaviour and human health in the modern world, Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci. 2015 May 26;370(1669):20140105.
27. 『心を操る寄生生物 感情から文化・社会まで』キャスリン・マコーリフ著、西田美緒子 訳; インターシフト; 2017年, 226-7.
28. 前掲書, 254.
29. Greg Miller, The Roots of Morality, Science 09 May 2008: Vol. 320, Issue 5877, pp. 734-737.
30. Adams TG, Stewart PA, Blanchar JC, Disgust and the Politics of Sex: Exposure to a Disgusting Odorant Increases Politically Conservative Views on Sex and Decreases Support for Gay Marriage, PLoS One, 2014 May 5;9(5):e95572; Y. Inbar, D.A. Pizarro, Pollution and purity in moral and political judgment, in Advances in experimental moral psychology, (Continuum, 2014), 121.
31. Erik G Helzer, David A Pizarro, Dirty liberals! Reminders of physical cleanliness influence moral and political attitudes, Psychol Sci. 2011 Apr;22(4):517-22.
32. Andreia Santos, Andreas Meyer-Lindenberg, Christine Deruelle, Absence of racial, but not gender, stereotyping in Williams syndrome children, Curr Biol. 2010 Apr 13;20(7): 307-8.
33. Sylvia Terbeck, Guy Kahane, Sarah McTavish, Julian Savulescu, Philip J. Cowen & Miles Hewstone, Propranolol reduces implicit negative racial bias, Psychopharmacology volume 222(2012), pp419–424.


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