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記憶冷凍


脳波測定技術の進歩により、記憶の保存、通称「記憶冷凍」が普及してはや数年となる。

一部の記憶の売買が認可され、「記憶屋」はもはや一般的な職業となった。

男はある目的のため、数々の記憶屋を訪ねている。

「日時と場所で検索してくれ。2年前の5月16日、11時25分から30分、エー地区の大通り付近」


店員が答える。
「でしたらこれが1番近いかと」

男は頭に装置をつけ、目を閉じる。

記憶の追体験が始まる。

アパートの3階。

ベランダの花に水をやっていると、突然大通りから悲鳴が聞こえてくる。

歩行者の列に車が突っ込んでいる。

思わずその車に目を凝らす、ナンバーや車種まではっきりとわかる。

脳内に電子音が響く。   


「5分が経過しました」 


男は、装置を外し、店主に料金を払ったあと、店を出る。

男はその足である家に乗り込み、そこにいた人物におどりかかる。

「ようやく見つけたぞ、妻と息子を殺したのはやはりお前だったのか」

男は家の主を押し倒し、完全に絶命するまで首を絞め続けた。



脳内に電子音が響く。


「以上で体験は終了となります」


私は、我に返り、現状を把握する。 

そうか、私は「殺人の記憶」を買ったのだった。

肉の感触が今も手に残っている。

記憶屋により手がかりを掴み、私怨による殺人を遂行した彼は、自首する直前に「殺人の記憶」を高額で売り払ったようだ。

私は、料金の支払いのため、店員の方に顔を向けようとした。 



その瞬間、脳内に電子音が響く。


「以上で体験は終了となります。」


頭から装置が外され、私はゆっくりと目を開けた。

そうか、私は「【殺人の記憶】の記憶」を買ったのだった。 

「殺人の記憶」そのものは非常に高額であるし、そもそも取引自体が違法だが、「【殺人の記憶】の記憶」ならば、その限りではない。

私が今見たものは、殺人の記憶を取り締まる法の適用前に保存された記憶であるというわけだ。

貴重な体験ができた。

しかし、もうこれっきりにしよう。

こんなことを繰り返しているともう自分が何者だかわからな

脳内に電子音が響く。


             お題「記憶冷凍」
※ 規定の文字数を大幅にオーバーしています。



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