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井戸の呪い


集落のはずれにある古井戸。

この井戸には、夜な夜な子供たちを引き込み攫う悪霊が棲むという。

1人の武者が悪霊退治に名乗りを上げた。

彼は剣の達人であり、有名な霊能者でもある。

武者は寺の住職に筆を渡し、彼の全身に般若心経を書くように伝えた。

住職は、先人の反省を活かし、耳にまでびっしりと写経した。

そして武者は、腰に命綱を括り付け、村人たちに見守られながら、ゆっくりと井戸の中へと下っていった。

武者の姿が見えなくなった次の瞬間、耳を突き刺すような叫び声が響いてきた。

武者の声である。

それを聞いた村人たちは大急ぎで綱をつかみ、武者を引き上げた。

武者は鼻をむしり取られ、血を流し、意識を失っていた。

その後、村人たちは悪霊退治を諦め、古井戸を埋めてしまった。


明くる朝、未だに意識の混濁した武者がうわ言のように繰り返す。

「ああ、おれの鼻が。なんだあの臭いは。あれは、あれは呪いの臭みだ」

住職の筆も、鼻の穴の中までは届かなかったようである。

                (410字)
            お題「呪いの臭み」



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