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映画祭ツアー終了

1月30日にスラムダンス映画祭の授賞式がありました。『SHELL and JOINT』は、残念ながら何も受賞しませんでした。グランプリでも受賞したら、日本での劇場公開にはずみがつくと思いましたが、そうそう思い通りには行きませんね。授賞式は割とサラッと終わりました。

授賞式に参加して、受賞しなかった事が、今まで何度もあったので、受賞しないことは残念ですが、慣れっこでもあります。慣れたくないものですが、これも経験のなせる技でしょうか。部屋に戻って「やけ酒だ〜!」なんて言って、勝俣P、伊東P、岡崎P、桃子さんとビールとワインを飲みましたが、やけ酒の空気感は無く、穏やかな空気が流れていました。3カ国、3つの映画祭行脚をやり遂げた感慨があるからでしょうか。

授賞式の前に、取材があるというので行きました。どこかの映画サイトの方が『SHELL and JOINT』について書いてくれるのかと思ったのですが、行ってみたらムービーカメラと照明が設定されていました。普通にテキストメディアの取材だと思っていたので、ゆるいセーターだったのを着替えて、『SHELL and JOINT』のTシャツにしました。無精髭で鼻毛は出てたと思いますけど。

『SHELL and JOINT』について聞かれると思ったら、「平林勇についての10分程度の映像にして番組で流す」とのこと。しかも放送局はフランスのARTEでした。ただでは転ばない(転んではいないけれども)私たちは『SHELL and JOINT』を、ARTEでコンテンツとして買ってくれないか聞いてみました。取材に来た方は部署が違うので、後日コンテンツ部署の方と繋いでくれるとのことでした。

撮影の体制は、私が日本語で喋り、その直後に岡崎さんが英語に訳して言ってくれました。カメラを回しっぱなしにして撮影して、後から岡崎さんの翻訳を抜き出して字幕にするそうです。来年の今頃には絶対に英語で全部答えられるように、英語の勉強にブーストをかけようと思いました。フランスの方の英語は分かりやすく、かなり質問内容は分かりましたので。

そう言えば、行きの飛行機で「Red wine please.」と言ったのに水が来たんです。「Water please.」に聞こえたんでしょう。この程度が通じなくて唖然としました。そもそもが、私は日本語でもボソボソ話すタイプですからね。英語は大声で話さないと通じないと聞いたこともあります。本当なのか分かりませんけど。

話を戻します。取材の撮影が始まると、思いもよらぬ質問ばかり来ました。私の本当に初期に作った作品から話が始まったからです。『PENIS』という作品や『Cockroach』という作品は、音も含めてすべて自分だけで作った作品なんです。Vimeoに全部アップしているので、それを観てから取材に臨んでいるのかも知れませんが、たぶん私の作品を全部観て来ている気がしました。

「影響された映画作家はいますか?」という質問では、「私はどちらかと言うと映画よりも自然番組や、実際の生き物の観察からの影響が強いです。」と答えました。すると「何で生き物が好きなんですか?」という質問が来ました。これはかなり困りました。私は「何となく」とか「雰囲気で」みたいには答えたくなかったのですが、さすがに本当に答えにつまってしまい、「生まれつき、生き物が好きなDNAだったんだと思います。」としか答えられませんでした。今考えても、論理的な答えは見つかりません。

そして驚いたのが大学の時からの親友の石田徹也くんとの関係性を聞かれたことです。石田くんの絵がヨーロッパで大々的に紹介されたのは、去年のマドリードのソフィア美術館での大規模な展示からだと思います。取材に来ていた女性はフランスの方で、石田くんの絵についても調べていました。私と石田くんの関係性を、フランスの方に聞かれるのも驚きましたが、石田くんがフランスのジャーナリストに知られている事に本当に驚きました。「徹也はペシミストだったか?」と聞かれたので、「友人としては面白い人で、常に世の中を憂いている暗い人ではなかったです。生前の石田くんのペシミスト的なイメージはミスリードされたものです。」と言いました。そして今、石田くんの映画も作り始めているとも言いました。

ベルリンで上映された『aramaki』についても質問されました。死と自然についても聞かれたので、「私はなんらかの動物に食べられて死ぬのが理想と思ってます。」と答えました。これは本気で思ってます。理想的にはどこかの森の中に死体を放置してもらって、ウジ虫が湧き、クマや野犬に食われて、骨までバラバラになって土に返り、分解された栄養で木が育つ。みたいなのは夢ですね。サメとかクマに襲われて死ぬのは痛そうだから嫌ですけど、それもありかも知れない、とも思います。

取材は45分の予定でしたが、2時間近くになりました。本当に貴重な経験でした。そして、ARTEの中には私の作品のファンがたくさんいるとの事でした。そんな事聞いたこともなかったので驚きました。この映画祭ツアーの中でもそういう人が何人もいました。

海外に向けて作品を発表し続けると、作品を受け入れる側の多様性をとても感じます。私の作品は短編も含めて分かりにくい作品なので、どうしても海外を意識して作らないと評価されません。そして私たちの課題は、海外の映画祭的な評価を追い求めるだけではなく、海外でのマネタイズです。日本では受け入れられずらい作品を作り続けるためには、外に出て行くしかないと思っています。相当険しい道ではありますが、そういう作品を作りたいんだから仕方ありません。

そうは言いつつ、作品を海外で買ってもらには、結局メジャーな映画祭で高い評価を得なければなりません。難解な作品を作る巨匠たちがカンヌ、ベルリン、ベネチアに競って出すのは「オレの作品いいだろ?」という自慢大会ではなく、難解な作品を持続的に作り続けるための資金を得る環境作りのためなのかも知れません。それでも回り回って、結局は存在価値のある作品を作るのが大前提なんですけどね。どうでもいい作品だったら、マネタイズ以前の話ですから。監督の最大の責任はそこですね。初めて長編映画を撮った私は、より一層、センシティブかつ大胆に、存在価値のある作品を作らなければならないと強く思いました。私のアウトプットにスタッフやキャストの幸せがかかって来ますから。

今回の映画祭ツアーは12日間程で、それなりに高額な費用がかかりましたが、そこでの出会いや、新しい発見なんかを考えると完全に安いものでした。そしてそれを、勝俣さん始め最強のプロデューサー陣や、スタッフ、キャスト10人以上の方々と行けた私は、なんて幸せ者でしょうか。皆さん、ありがとうございました。

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