見出し画像

適切に依存しよう

こんにちは。Hinaです。
今日はYahoo!ニュースで見かけた「妊娠」「出産」に関するニュースについてお話しします。

風俗で働く27歳の女性が、一人浴槽で出産した後に殺害してしまったというニュースです。
詳細は上記リンクからチェックしてみてください。

まず私は、こんなことが、実際に起きているという事実に改めてショックを受けました。
それと同時に、このニュースにショックを受けている私はまだ”本当に支援を必要としている人”との関わりに乏しいのだ、とも思いました。
障害者福祉の現場にいる私は、日頃から社会の中で生きづらさを感じる人々と関わっている自負がありましたが、それはきっと彼らのほんの一部です。
世界のどこかではなく、私が住むこの国には、私が住む県や市の中には、まだ私の知らない世界があります。

何かに驚いたとき、ぜひ拒絶せず一度その世界についてじっくり聞いてみてください。
自分のすぐそばに知らない世界があるのだと気づくきっかけになります。

さてこのニュースについて考えたこととして、一つ挙げさせてください。
ニュースの本文の中で、殺害したとされる母親の供述として「赤ちゃん産んでからどうすればいいのか、わからなかった」とありました。
文章としてこう書かれると淡々と読むことができますが、実際に言葉として発した時には、どのような心情だったのでしょうか。

ニュースに対するコメントの中では、もっと子育てについて教育を充実させるべきだとか、何もわからず気がついたら妊娠してしまったのだろうと嘆く声が多くありました。

しかし私は、彼女が言った「どうすればいいのか分からなかった」という発言が意味するのは、単純にやり方がわからなかったということではないと思うのです。
つまり、妊娠や子育てに関する知識自体はそれなりにあったのではないでしょうか。
もちろん、彼女のこれまでの人生で知識について獲得できていない部分はあったかもしれません。
境界知能またははっきりとした知的障害の特性がある可能性も0ではありません。
しかし「どうすればいいのかわからなかった」という言葉の裏にあるのは「単純に知識がなかった」ではないように思えるのです。

彼女には、ある程度妊娠や出産に関する知識はあった。
でも、それを一つ一つ吟味する余裕が全くない。
日々膨らんでいくお腹に毎日不安を募らせて、いざ生まれたら目の前の赤ちゃんを前に何もできないほど不安に駆られ、混乱してしまった。

私は、彼女はそのような心情を「どうすればいいのかわからなかった」と表したような気がします。

多くのコメントにあるように、義務教育をはじめとするあらゆる場面で妊娠や出産に関する丁寧な教育は確かに必要です。
しかし私はそれ以上に「適切な依存先」が必要だと考えます。

以前、Voicyで尾石さんの放送だったか、自立とは複数の依存先を作ることだと話されていました。

自立と聞くとどうしても一人で立つことだと考えてしまいがちですが、生きている限り一人の力でできることには限界があります。
一人暮らしをしていて自分でなんでもやっているという人もいるでしょう。
しかし会社に行けば、日常のなんでもない雑談で楽しかったことを共有する。
週末の飲み会で久々に会う友人との会話でリフレッシュする。
まとまった連休で実家に帰り、母の料理を食べて気持ちが和らぐ。
親戚の集まりに行って、甥っ子や姪っ子に癒される。

思い返してみれば、”自分は自立した大人だ”と思っている人のほとんどが、複数の心の拠り所を持っているのです。

普段頼りにしている会社の同僚と仲違いをした時、学生時代の旧友に話を聞いてもらうこともできる。
友人も会社もなんとなくうまくいかない時は、久々に両親に連絡したりして。
逆に家族とうまくいかない悩みを、同僚や友人に打ち明けて心が軽くなる。

一つがダメでも、自分にはあの手もある。
それが、適切な依存先を持つことです。

このニュースの「27歳女性(風俗店勤務)」に、そのような拠り所は果たしていくつあったのでしょうか。
お店に居場所はあったのかもしれません。

でも、居場所がお店だけだったとしたらどうでしょうか。
妊娠出産という風俗店にとってのハンディを負った彼女にとって、お店という唯一の居場所は、頼れる場所ではなくなってしまいます。

居場所は、友人や家族など限られた関係性において確保するものに限りません。
精神障害者支援の場ではアンフォーマル(非公式)な支援者として、いつも髪を切ってくれる美容師さんがよく例に挙げられます。
社会には、居場所になりうる場所が意外とたくさんあるものです。
せめて誰かが「赤ちゃんできたの?おめでとう」と声をかけていたら、彼女は一言「どうしよう」と言葉を出すことができたのではないでしょうか。

電車で席を譲ったら「そんな歳じゃない!」と怒られるかもしれないから、声をかけない。
重そうな荷物を持ったおばあちゃんに声をかけようか迷うけど、拗れたくないからやっぱりやめておく。
美容師さんや服屋の店員さんと話すのは面倒だから、イヤホンをつけて無視しよう。
会社の上司とは気が合わないから、自分から話しかけず最低限の関わりしかしない。
同僚が着ているシャツがすごく素敵だけど、どんな反応が返ってくるかわからないし面倒なことになりたくないから言わなくていいや。

関わりを断つのは簡単です。
関わることで面倒が発生するのも、確かです。
しかし、たまには顔を上げて言葉を交わしてみてください。
毎回でなくとも、10回に1回くらいは「本当に席を譲ってもらえて嬉しい人」に出会えるかもしれませんし、5回に1回くらいは「その人のお気に入りの服」を褒めることができるかもしれません。

私は、9人の「席を譲られて嬉しくなかった人」のせいで、1人が譲ってもらえなくなる社会にしたくありません。
社会における人同士の関わりを少しでも保ちたい。
このニュースから、そんなことを思いました。

少し重ためな話になってしまいました。
では、また🌻


明るめでライトな話を載せておきます🌸


私ごとですが、昨日仕事納めでした!
1年間いろいろなことがありましたが、わざわざ年末の挨拶のために通所してくれる利用者が何人もいて、とても嬉しかったです。
皆様もお仕事お疲れ様です。ご自愛ください💐


いいな!と思ってくれたら、ぜひサポートをお願いします!! いただいたサポートは本業、発信活動のために使わせていただきます。 皆様の温かいサポートがとても嬉しいです。ありがとうございます!