見出し画像

保育園にはいじめはありますか?

保育園には いじめ はありますか?

 そんなことを聞かれたことがある。入園前の見学会である保護者が聞いてきた。初めてされた質問だったので非常に驚いてしまった。
今振り返ると、保護者にとっては いじめ が身近なものだったのかもしれない。

  今まで自分が見てきた中で いじめ というのは見たことがない。しかし、仲間外れにされやすい子というのはいる。保育園の中では他害という場面もある。人によってはそれを いじめ と受け取る人もいるかもしれない。
 近年は「いじめではなくて暴行罪」という意識の人も増えている。どこから、どの年齢からが暴行なのかという議論もある。

  こども六法もベストセラーとなり、子ども向けの法律本も増えている。

 子ども同士のものだからと浅く見積もらずに、小学校に上がる前の幼児期のうちに対策しておけることがあるのではと思う。
 保育士としてどんなときに いじめ につながる場面が起きるのか考えたい。

みんないっしょが楽しい時期

 1歳~2歳の間は自我が芽生え、自我が拡大し、自我を充実させます。その中で「みんないっしょ」が楽しくなり、かたまり遊び(並行遊び)を始めます。対大人という1対1の関係から広がり、他者意識が深まり所属心も生まれます。「かして、いいよ」「いれて、いいよ」というやり取りの中で承認欲求も満たされるようになり、更に他者への興味が高まります。
 しかし、みんながみんなそのような気持ちではありません。弟や妹が生まれたばかりの子や家庭環境は様々。まだ、1対1で大人と関わりたい子もいます。物が貸せない子もいます。そうなると他害が起きるきっかけとなるのです。集団でいながらも自我を上手に満たしてあげることが出来ると、その回数はすごく減ります。


自分が1番!の時期

 「みんなといっしょ」という所属感や仲間に入れてもらえる承認欲求が満たされるようになると、今度は「自分が1番!」という3歳特有の姿が現れます。
 集団の中でちょっとだけ優れていたいという気持ちが生まれ、何かと競争したり、大人にあたかも知らないだろうと何かを教えようとしたり(これがまた面白い)もののとらえ方も自分中心となります。これは自分を客観視することがまだ難しい発達段階から起きるもので、「自分が楽しいんだからみんなも楽しい」「自分が嫌なことはみんなも嫌だ」という捉え方もしています。要するに他者の気持ちを考えるのが難しいのです。
 そのため自分の描いたストーリーの通りになると本気で思っているのです。そしてそこには必ず自分最高!自分1番!という気持ちも兼ねているので、思い通りにいかないと受け入れるのに葛藤が生じ、大号泣したり、人のせいにしたりもします。
 この姿の子が30人も集まると、ストーリーの書き換え合いとなり喧嘩になることもあります。また、好きなおもちゃを繰り返し遊ぶことや張り合いのある同士意識するので、同じ子同士の喧嘩も多いのです。
 保護者にとっては「またあの子」と思うのでしょうが、距離が近いからこそ起きることだったりするので喧嘩しているときだけでない様子も日ごろから伝えておくことが良いでしょう。

大人が作る仲間外れ

 みんなと一緒であることに喜びを感じる子どもの姿は伝えたが、もちろんそのまとまりがある方が担任としても動きがスムーズになる。みんなで一緒に何かをするという方が正直楽な場面も多い。しかし、一斉に行うとそれぞれのペースがあり、同時に終わりを迎えることもほとんどない。
 そうなると遅い子はフィードバック次第ではまた遅い子からいつも遅い子になっていく。ポケモンと同じようにレベルが上がるのだ。
しかし、フィードバック次第では丁寧にやっている子や最後まで自分でやっている子など他の進化形態も生まれます。イーブイだ。
 何かの場面に対して結果を作るのは本人だが、そこに価値観を付加させるのは大人だ。その言葉がけや態度で周りの子供たちがどう受け取るかが決まります。

真ん中という概念は4歳から

  3歳頃までは二極化した考えになる。それは折り紙にも表れる。「真ん中に合わせて」と言ってもまだ理解ができないのだ。4歳頃になるとなぜわかるかと言うと、すごく簡潔に言うと順序性が生まれるからです。
 真ん中が無いということは意見も極端になりやすい傾向があります。良いこと悪いことという考えに結果を着地させるため、良くもないし悪くもないよと伝えても理解が出来なかったりします。
 子ども同士でトラブルを解決しようとすると、まだ誰かを悪者にしてしまう結果になるのです。そのため、きちんと大人が仲裁をして「〇〇さんは2つ嫌な気持ちにさせることをしたし、△△さんは2つ嫌な気持ちにされることをしたから」などと説明するとわかりやすいかもしれません。

保育園ではいじめはありますか?の答え

 これに対しどう答えるかというと、環境しだいでは有り得るということです。なので保護者にはトラブル毎にどんな解決の導き方をしたかを伝えて、誤解がないように配慮していくべきです。トラブルがあったことを隠して、家で子どもが説明すると湾曲して伝わることもよくあります。
 また、お友達とあんまり遊んでる姿を家で話さないという子や1人を好む子もいるのでどんな配慮で集団の和に入れるようにしているかを伝えています。
 まだ年齢的に「憎しみ」という感情が生まれるほど、感情の細分化もされていない幼児期です。この時期に人との関わりを密にしておくことで、学齢期になってから適度な他人との距離を保つことの土台作りにもなるので、トラブルも必要な経験であることもキチンと伝えるべきと思います。

 いじめという話題をセンシティブに受け取りすぎて、隠そうとしたり、うちでは全くありませんというような回答では保護者は納得しません。
日頃の集団づくり個人的配慮をどうしているか伝えることで、配慮が見えていくはずです。

お掃除係の実習を体験した保育士さん、きちんとした指導・教育を受けられずも頑張る支援者さん…など現場に困り感を持っている方へサポートすることで、子どもたちに還元されるものがあるのではと信じています。よろしくお願いします。