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ダディの話 #2

「パパたちみたいなのは、ずっと一人で寂しいんだ」

うんと幼い頃、トラックの長距離運転手だったダディの仕事にこっそり連れて行ってもらったことがある。運転席のすぐ後ろに、人ひとりくらいなら寝そべることができそうな狭いスペースがあり、そこに誰にもバレないように静かに乗り込んだ。家庭用自動車と比べて、大型トラックは車高が高い上にフロントガラスも広い。さっき家から会社に向かうために通った道も、目線が違うと全く違う世界に見えてすごくワクワクした。基本的には会社からものを積んで、遠いところに下ろして帰ってくるため、沢山の大人に囲まれることもなく、車内で大きなハンドルを握るダディとお話をした。普段同じ部屋で布団を並べて一緒に眠っているためすぐに話題は尽き、時々内装の壁に爪を立てて遊んでいた。
北海道は恐ろしく広い土地だから、高速道路に乗ったとて当然移動時間は長い。休憩を取るためにサービスエリアにトラックを止め、長い時間同じ体勢をとっていた体をほぐすためにトラックを降りた。「せっかくだし食べるか」とダディは、小さな売店でソフトクリームを買ってくれて、それがとても美味しかった。子ども一人の力じゃ絶対に来られないような知らない土地で、ダディと二人で、窓を全開にしたトラックの中で食べるソフトクリームの非日常さが、たまらなく嬉しくて楽しかった。
パーキングエリアには、我々と同じように大きなトラックが数多く停まっている。こんなにトラックっていっぱいあるんだなあと、子どもながらに感心していると、カラスがこちらを見ているのに気がついた。周りを見渡すとポツポツとカラスがいるのがわかる。しかも車内の様子を覗いているようで、車体のだいぶ近くまで近寄ってくるのだ。
「なんでこんなにカラスがいるの?すごい近くにいる」
「本当はよくないんだけどね。自分が食べてるパンとかをカラスにあげる人がいるんだよ」
「なんでそんなことするの?」
「パパたちみたいなのは、ずっと一人で寂しいんだ」
とある運転手がカラスに餌付けをしてからというもの、トラックを見かけると餌を目当てにカラスが近寄ってくるようになったのだそうだ。長距離を一人で運転していると、ふと孤独に苛まれるらしい。当時はあまりその意味が分からなかったのだが、大人になってから酷いパワハラをバイト先で受け、絶対に次のバイトはあまり人と接さない内容が良いと、フードデリバリーのドライバーのバイトをしたことがある。初めてすぐは誰にも干渉されずに、自分のペースで働けるって天国じゃんと思っていたが、いざ3ヶ月、4ヶ月と月日が流れると、私はずっと一人だという漠然とした絶望を覚え、あの時ダディが言ってたことはこれかと思った。
ソフトクリームを食べて満足したリトルアライちゃんは、この後高速道路走行中にトイレが我慢できずお漏らしをしてしまい、ダディにこっぴどく叱られたところで思い出は途切れている。

「さすがに明るい曲を作ってくれないか」

大学生になって、音楽系のサークルに入部した。ここで軽音部と言い切らないのには訳があり、私が選んだサークルは『アコースティック音楽のサークル』だったのだ。兄が中学生の頃に格安で買って一度も触らなかった初心者20点セット付きエレキギターが家にあり、昔からスキマスイッチを聞いていたので、アコースティックギターの練習をそのエレキギターでするようになっていた。そこからは私も5000円でお釣りが帰ってくる激安アコースティックギターを買って夢中になって弾いていて、人前で披露することに憧れを抱いていた。アコースティック音楽のサークルには、札幌市内のアーケード型商店街『狸小路』で弾き語り路上ライブをしている人がいたり、ピアノとカホン(ドラムの役割を果たす木箱のようなもの。またがって座って打面を叩くと音が鳴る)の音楽ユニットとして活動する人などが居て、私が校外での音楽活動を始めるのにはそう時間はかからなかった。
狸小路で弾き語りの路上ライブをしたり、そこで知り合った人の縁でライブハウスのライブにブッキングしてもらえるようになってきた頃、CDを作ってみることにした。音の収録は手伝っていただき、CDの複製やディスクやOPP袋の準備、歌詞カードのデザインまで全部自分一人で行った。タイトルは『hiiro no enban』で、活動名である『緋香利』から『緋』を引っ張ってきた、当時出せる全ての力を振り絞った全5、6曲入りのファーストミニアルバムだ。
ダディは私が出演する音楽ライブにたまに遊びにきてくれた。私とダディが眠る部屋は寝室兼自室でもあったため、ダディが胸の上で手を組んで寝ている中、どうしてもCD制作がしたくて、美容室の洗髪中がごとくダディの顔にそっと軽めの紙を載せて部屋の明るさで起きてしまわないように静かに作業を進めたりもした。出来上がったCDをすぐダディにプレゼントしたところ、「お!トラックの中で聞くぞ!」嬉しそうに仕事用のリュックにしまってくれた。
後日、ダディがCDを聞いたぞ!と教えてくれたが、
「でも、さすがに明るい曲を作ってくれないか。気が滅入るんだ」と申し訳なさそうに笑った。私が作る曲は全てしっとりした曲調だったり、ミドルバラードだったりする。長距離を運転するダディが、それが娘自作のしょっぱい曲ばかりを聞いていると思うと、少し笑えてきた。
今でも時々曲を作ったりもするが、どうしてもしょっぱい曲になってしまうので持ち味ということにしてみる。

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