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北国の空の下 ー 週末利用、自転車で北海道一周【48】16日目 長節湖〜厚内往復② 2016年11月6日

十勝晴れの空の下、初冬の海岸を走る「週末北海道一周」2016年の最終日。
大海原が眼下に広がる昆布刈石展望台から、ダートを一旦下り、また上り返し。気温は多分5度以下。風もあるのに、身体は汗ばんできました。

◆ 打ち捨てられたトーチカ

やがて、パラグライダーのテイクオフ地点がありました。今日は流石に寒過ぎるのでしょう、空を舞うキャノピーの姿はありません。ここでダートから国道へ戻ることができます。
さて、先ほど登って来た長い坂道を下って行きますが、予想外に向かい風が強く、ペダルを踏み込まないと止まってしまいそう。往路の快適な走りは、実は南西の風に背を押されていたからなのか…

坂道を下り切ると、国道はやや内陸寄りに方向を変えました。この辺は風を遮る森や防風林のない吹きっ晒しです。風は次第に北寄りへ回り、斜め前、続いて横から吹き付けてきます。
ヘルニアによる肩甲骨周りの痛みと上腕神経痛も、ジワジワと嫌がらせのように襲って来ました。

先を急ぐ理由も特段ないので、肩や首を回しながら、時速20キロそこそこで、浦幌十勝川の堤防に沿って走っていきました。
正午を回り、お腹も空いてきました。想定していたこととはいえ、食堂、コンビニどころか、個人商店ひとつ現れません。ようやく見つけた自販機で水分を補給し、今朝大樹町のコンビニで調達したカロリーメイトを流し込みました。

来た道をそのまま長節湖まで戻るのも芸がないので、もっと海岸線に近い道を拾って走ろうと思っていました。十勝川河口周辺の湿地帯には、地図上は道は記載されていません。しかしグーグルアースで見ると、作業用車両の轍らしきものが繋がっているのが認められます。
海岸に向かって牧草地の中を一直線に伸びる道へ折れると、強い風が背中を押してくれ、突然、翼を得たかのようにペースが上がりました。耳元で鳴る風の音も消えました。海岸線の防風林の切れ間から、黒っぽい砂浜が顔を覗かせています。

▲ 海岸へまっすぐ続く道

舗装路が途切れた先は荒涼とした砂浜で、朱塗りの鳥居と祠が場違いな光彩を放っていました。その傍らには箱状のコンクリートの構造物があります。周囲には、赤い実をいくつか残すハマナスの灌木が繁っていました。
最初は、なんだこれは、と思い、程なくして、このエリアには太平洋戦争中、米軍の上陸に備えた防御陣地が築かれ、今もいくつかの遺構が残されている、と何かで読んだことを思い出しまし。この構造物もその一つで、トーチカとして築かれたもののようです。

▲ トーチカと社

昨年秋に落石岬で出会った方から、日本本土で北米大陸に最も近い地点が落石岬であり、故に長波通信所が設けられた、と伺いました。そう考えると、道東の海岸線は防衛上重要な意味を持っていたと想像できます。ましてや、この十勝の海岸線は長い砂浜が続き、上陸に格好のポイントでもあります。
トーチカの構造の大半は地下に設けられるそうで、ごく小さな象眼が唯一の開口部。70年以上の歳月を経て、幸か不幸か一度も使われることなく打ち捨てられたコンクリートの塊は風化していました。

◆ トイトッキ浜徘徊

砂浜には大量の流木が積み上げられ、城壁のように視界を遮っていました。すぐ流されてしまうから、まさか消波ブロック替わりというわけにはいかないでしょう。

▲ トイトッキ浜の大量の流木

この、台風や大雨による流木がもたらす被害は看過できぬもののようで、後日、日経に、以下のような記事が掲載されていました。

トーチカから、十勝川河口の方へ向かうダートを走り出しました。この辺は「トイトッキ浜原生花園」とグーグルマップなどには表示されていますが、園地として整備されているわけではなく、しかも今は季節外れ、砂の上に枯草ばかりが広がっています。

航空写真で見ると、砂丘に閉じ込められた河跡湖、蛇行する細い川、それらを結ぶ人口の水路らしきものも組み合わさって、この辺りは半島状の地形となっています。その先端の方に、水路を跨ぐ橋らしきものがあり、これを渡ればナウマン国道の方へ戻れるようです。

やがて、道というよりは轍と呼ぶべき、トラックか何かが枯草と砂地を踏み固めた跡が続くのみとなりました。最初に辿った轍は、やがて河跡湖にぶち当たって行止りとなってしまったので、戻って別の轍を選びます。
こちらは砂が深く、程なく乗車が困難になりました。荒涼とした砂浜を曳いて歩きます。夏ならば砂の締まった波打ち際を走る手があるのですが、こんな季節では波を被って風邪をひいてしまいそう。こうなってしまうとダート走行の面白味はなく、早くここから脱出したいというだけです。
幸い、今日は青空が広がっているからまだ良い。前日のようなみぞれ混じりの雪の中だったら、何とも惨めで情けない思いをしながら、2キロほどの道のりを歩くことになったことでしょう。

十勝川河口に近付くと、ようやく向こうから踏み固められた別の轍が寄り添って来て、再び乗車可能になりました。その先に、鉄製の小さな橋があり、水路の向こうには牧草地が広がっていました。

▲荒涼とした 砂浜を抜けて…

ホッとした気分で平坦なダートを走り、ようやく舗装路に戻ってきました。ところが、そこには門扉があり、側面には有刺鉄線まで張り巡らされています。故意でも悪意でもないから不法侵入には当たらぬと信じますが、人様の土地に迷い込んでしまったのでしょうか。
砂丘を引き返す気力があろうはずもなく、止むを得ず、自転車は門扉の上から、ヒトは下の隙間から、通り抜けさせて頂きましたが、言うまでもなく真似はしないようお願いします。

◆ 北国の空の下

再び十勝河口橋を渡り、左折。追い風に背を押されて約3キロ、河口の大津漁港に着きました。ここは「十勝発祥の地」と聞いています。
集落の中にある案内板には、1799年頃にここに番屋が設けられたこと、明治初期は鮭業で賑わったこと、その後は十勝川の水運を利した開拓の拠点として繁栄したことが記されていました。今ではその面影はなく、眠ったような集落の道を、時折思い出したように車が走っていくばかり。蒼空をカモメやトンビが滑空し、電信柱の上で羽を休めています。

▲ 大津港

海岸沿いの道を流して、長節湖へ戻りました。行ったり来たりの変則的な行程のため、白糠から進んだ距離は2日で50キロあまり。積雪は心配していたほどのこともなく、しかも今日はこのような晴天に恵まれました。結果論としては、わざわざMTBにスパイクタイヤを穿かせて来なくても、当初予定通りにロードバイクで襟裳岬まで駆けることは十分可能なコンディションだったと言えるでしょう。

しかし、自分でも意外なほどの充実感がありました。北国の透明な大気の中に、愛車と共に身を置いて過ごす時間は、今ここにこうしていられる事への幸福感を与えてくれます。悪天候や、完治していないヘルニアや肋骨骨折への不安もあったが、本当に来て良かった。

私の他には1組の若いカップルがいるばかりの長節湖に、突然、けたたましい鳴き声が響き、白鳥の一群が舞い降りてきました。彼等の目的地は阿武隈河畔だろうか、それとも伊豆沼か、瓢湖か…などと、かつて暮らした懐かしい土地に想いを巡らせ、この空の下で世界中が繋がっているのだなあ、などという青臭い感慨もあり、ここを立ち去り難い想いに囚われて、帰り支度もそこそこに、湖畔に佇んでいました。

▲長節湖

そうこうしているうちに、足元からジンジンと凍れてきました。

どこかの温泉で一風呂浴びるくらいの時間は余っていました。MTBを輪行バッグに収納し、レンタカーのハンドルを握り、内陸の忠類へ向かいます。
15時を回ったばかりだが、早くも黄昏の趣です。秋から冬へと季節が移ろうこの時期、わずかに残る紅葉を照らす残光が愛おしい。
今月中にもう一度来て、今度こそ襟裳岬まて走ろう、なんて色気も若干あったのだけど、その思いは打ち消しました。
晩秋の十勝は堪能しました。次は、新緑萌えるナウマン国道を駆け抜けたい。

▲ 十勝平野の落陽

日高山脈への落陽を眺めながら空いた道を流し、道の駅忠類にある「ナウマン温泉」に着いた時には、もう真っ暗になっていました。ナウマン温泉は、僅かな滑りがあって肌がツルツルになる気持ちの良いお湯でした。

▲ 忠類道の駅と、晴れ渡る夜空

締めは帯広空港で、前回に引き続き、豚丼と生ビールを味わい、至福のうちに帰京しました。

▲ 豚丼、サラダ、生ビール… 至福。

もう一つ、嬉しい驚き。
翌朝、体脂肪計に乗ると、ずっと黄信号が続いていた内蔵脂肪レートが「9.5」の青信号に変わっていました。体重は69.3キロと一週間前と変わらないが、体脂肪率は1%以上下がり、16.2%。
何より、血圧が大幅に改善され、113/79と、本当に久し振りで正常値になりました。
残念ながら、この健康体が維持できたのは3日間だけで、その後は飲み会も重なって、11月末には血圧が再び140超/90超といった恐ろしい数値に戻ってしまったのだけど。
でも、こうして前向きな気持ちと健康体が保たれるなら、旅費に多少のお金を費やしても、その分診察料や薬代が削減できることになります。
冬の間は、食べ過ぎ、飲み過ぎと猫背を厳に戒めて、5月にはまた十勝へ行こう。
ヘルニアと骨折に翻弄された2016年の「週末北海道一周」でしたが、こうして充実感と共に、幕を下ろしました。

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16日目は以上です。最後までお読み頂き、ありがとうございました。
「週末北海道一周」3年目の記録も、少しずつ投稿していきます。よろしければご笑覧下さい。




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