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わだす、チョコ、渡す。(掌編小説)

「なぁ、おめ、きょうはなんの日かしってっかぁ?まぁさか、しらねぇわげねぇよな、いぃトシしてよ。あぁあ、とぼけでもムダだ、そのニヤげたツラはごまかせね。わだすぐれぇんなっと、おどこがなに考えてっかぐれぇ、手に取るようにわがんだ。あれだ、…ヒャクセンレンマ?っちゅうやつだっぺ。あんだもこの辺のもんなら、あだすの名前(なめぇ)ぐれぇ、きいだごどあっぺ?」

花恋はmajiでkoiしているつもりだった。
当然、5秒以上前からである、そうでなければ、この日の為にリボンでラッピングした手作りチョコが入った包みをカバンに忍ばせ、この場にたどり着くことなど出来なかった。すべては計画だった、でも、誰にも内緒だった。育てた秘密が、花恋を美しく、強くした。でも、同時に"訛り"も強くなった。こればっかりは計画になかった。誤算だった。でももう、これで行くしかなかった。

訛りの強さなんてまったく問題じゃないと思えるくらい、花恋のハートビートはドライヴした。恋は彼女を魔物に変えてしまったのかもしれない。
(どうしちゃったんだろ私の心臓、まるで新しいのに交換されちゃったみたい…)
花恋はまるで『幽☆遊☆白書』の浦飯だった。

実際はこのとき、いわゆる”恋に恋をしている”状態だった、ということを、花恋は思い知ることになる。でもそれはまだ、ずっとずっと先のお話だ。

どれくらい先の話かというと、
——-長い歳月が流れて東京都西麻布のナイトクラブ「magnolia」のダンスフロアにたつはめになったとき、歌小路(ウタノコウジ)・アナスターシア・花恋(カレン)は、父親のお供をして初めてTSUTAYAのアダルトビデオコーナーの暖簾というものを見た、あの遠い日の午後を思い出すことになる——-が、その日の次の日の朝、TVを見ながらしみじみと、思い知ったのだった。
番組では動物園から脱走した猿の大群のニュースが報道されていた。

「こぉの花恋さまがおめにチョコさやっでもいいっつってんだ、あ?どうだ?嬉しぐで、嬉しぐで、たまんねぇだろ?ほぉかの男子さ、地ぃ団駄ば踏んでくぅやしがっぺ?なぁんせ、ほぉかのブス女どもがらのチョコとは、わげがちげぇもんなぁ、あ…?おい、おめそれ、なに持ってんだ?おめ…、そぉの!ブッス女どものチョコさ!い、い、ますぐ焼ぎ払っちまえッ!い、ま、すぐ、にだッ!でねぇとわだすがおめのごど、焼ぎ払っちまうぞ!!」

Koiにkoiしている花恋はmajiだった。
そして、チョコレートはmeijiだった。
花恋は広末涼子にこそ似てはいなかったが、実際、かなりの美少女だった。そのしるしに、ハタチになって上京してからは、路上を歩けばほぼ毎回、業界のスカウトマンから声がかかった。
花恋は当然だと思うと同時に、誇らしくもあった。しかし、一部の美少女たちが、まさに、その美しさゆえに”ある種の不幸”を引き寄せてしまう傾向を持つとするならば、花恋もまた、その例外ではなかった。

「よーす、ちゃんと全部焼ぎ払ったな、よーすよす、じゃあ…これが、わだすからのチョコだ…、ぎゃあ!!」

ドドドドドドドッと背後からたくさんの足音。振り向こうとしたけど遅かった。

視界は真っ暗、なんで!わ、なんか顔が生あったかい!やばい、チョコだけは死守しなきゃ!そう思った矢先、あっ、包みがひったくられた!もうおわりだ、花恋は泣き出したかった。パニックになり、体をめちゃくちゃに動かす!大声を張り上げながら、やっとのことで払い除ける、顔に被さった謎の生暖かい物体、気持ち悪っ!ぼんやりと浮かび上がったその先の視界には、なんと大勢の猿たちがいた。

いた、と言っても。猿は大人しくしてる訳じゃない。めっちゃうるせぇ!わ、跳ね回っている、いや、飛び回っている!いや、どっちでもいい!え、笑っているのか、じゃなくって、鳴いているのか、いや!どっちでもいい!キィキィとバカでかい音響が花恋を包囲する。まさに、”オール・猿ウンド・ザ・ワールド”、いや苦しい!ごめんなさい!!無理に上手いことを言おうとして失敗したせいか、猿たちは牙をムキ出しにして怒っている。猿たちの表情が醜く歪む。恐怖と混乱にのまれた花恋。頭の中で、突如として流れだしたのは、こんな歌だった。

…キーマーずッ、ォンキーマーずッ!モンキーマーずッ(マジック)!モンキーマーずッ(マジック)!モンキーマーずッ(マジック)…♪

おわり

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