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北京大学 - 初めての海外出張

時は戻って、2003年の春。私は早稲田大学理工学部の修士1年(23歳)だった。産業技術総合研究所で学生研修員をしていた時代の話である。

私は、学部4年の時の研究で、リアルタイムPCRの専門家のような気分になっていた。

研究所の金川さんから、突然、子機の電話を手渡された。

金川さん「谷君、電話だよ。鎌形さんから」

この電話相手の鎌形さんは、合同で勉強会を開き、仲良くして頂いている別グループの先生である。いったい何の用だろう。

鎌形さん「おう、谷君。谷君ってリアルタイムPCRやってるよな。実は北京大学に知り合いの先生がいるんだが、リアルタイムPCRを1から学びたいらしいんだよ」

私「はい、リアルタイムPCRなら自信ありますよ。今時間あるので、そちらのお部屋に行きましょうか」

鎌形さん「いや、それが彼らは日本にいなくてさ。直接、北京大学まで行って欲しいんだ。1週間くらい、先生役として北京に出張してくれないか?谷君しか適任者はいないんだよ」

私「え・・・、ぺ、北京大学???学生の私なんかでいいんですか???も、もちろん、英語で教えるんですよね?」

鎌形さん「そう。英語。あ、中国語も話せるよ。ガハハ」

私「わ、わかりました。行きます!」

というわけで、突然の初めての海外出張が決まったのだった。

23歳の私は、海外に行った経験がまったくなく、飛行機ですら広島の学会に行くために1回乗っただけ。もちろん1人旅だ。単身、北京大学に渡って、英語だけで1週間、リアルタイムPCRを基礎から教えるという、今考えるとなかなか過酷なミッションだった。私自身、英語はそこまで得意というわけでもないので、不安しかない。親もとても心配している。でも、こういうチャンスはなかなか巡ってくるものではない。

まず「地球の歩き方」を買って、英会話教材を聞きまくった末に、北京行きの飛行機に乗り込んだ。

北京に到着したのは夜だった。

空港を出ると、北京大学の学生が、私を待っててくれていた。ついにここから英語だけの1週間が始まる。

私「わぁ、日本とは違う風景だ。中国語の看板に、黄色い街頭。本当に北京に来たんだ・・・」

そんなことを、空港からホテルへのタクシーで思っていた。

それから1週間、北京大学に通うことになった。ホテルから大学へは、学生が送り迎えをしてくれる。

まず、北京大学の先生と博士課程の学生と、1週間のスケジュールの打合せをした。当然、言語は英語なのだが、同じ研究者であれば、なんとか通じてしまうのが不思議だ。

お互い、英語が母国語でなかったのが幸いしたのだと思う。もしこれがアメリカやイギリスの大学で、ネイティブ英語で話されていては、私は全然理解できなかったに違いない。しかし、お互い英語は研究のためのツールの1つで、なんとか自分の考えを英語で伝えたいという気持ちで話していたので、通じあえたのだと思う。

そして、いざリアルタイムPCRを教えることになり、実験室へ行くと、そこには簡素な設備しかなかった。2024年現在の中国の勢いを考えると、想像もできない。いつも日本の研究所で当たり前のように使っていた、ちょっとした遠心機(通称チビタン)すらない。仕方なく、私は、学生にどんな装置が必要かを伝えて、周りにある装置だけで試行錯誤した挙げ句、ようやくリアルタイムPCRをやってみせることが出来た。向こうの先生も学生も、初めてリアルタイムPCRが出来て感動していたようだった。

実験の時間以外は、私は学生のいる居室の空いている席に座っていたので、日本人の私に興味を持った中国人学生達が次々と話しかけてきてくれた。中国でも日本のドラマ(東京ラブストーリー等)が有名なことや、村上春樹の小説(ノルウェーの森等)が有名で、共通の話題で話ができた。

それに加えて、私は学部2年の時に、1年間だけ中国語の授業をとっていたことがあったので、うろ覚えな簡単な中国語を話してみた。そしたら相手はびっくりして、とても喜んでもらえた。まさかここで中国語の授業が役に立つとは・・・。学問はどんなところでも、繋がっているのだ。

そんなこんなで、北京大学の先生・学生はリアルタイムPCRを使えるようになり、無事ミッションは完了した。北京大学の先生もとても喜んでくれて、休日には北京の名所(万里の長城、紫禁城、天安門広場など)を案内してもらって、北京を満喫して、帰国した。

無理やり、一皮も二皮も剥けさせられたような経験だったが、不思議な度胸もついて、とても良かったと思う。帰国してから、もっともっと英語が上手になって、世界中の研究者とディスカッションできるようになりたいという気持ちが、より一層強くなったことを覚えている。

改めて、良い意味でむちゃくちゃなミッションを与えくれた鎌形さんには、感謝しかない。

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