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【書籍】なぜ小企業は仕組み化に苦労するのか?成功の鍵を探る

 小川実著『小さな会社の「仕組み化」はなぜやりきれないのか』(アスコム、2023年)を取り上げたいと思います。私自身、「超」大企業には在籍したことはなく、また、ご支援もいわゆる中小企業が中心です。納得感がある内容が多くありました。

仕組み化の難しさ

 近年、多くの小さな会社が直面している共通の悩みとして、仕組み化の難しさが挙げられます。せっかく仕組み化に取り組んでも、途中で挫折してしまうことが少なくないのです。その主な原因としては、次の3つの点が指摘されています。

 1つ目の原因は、小さな会社では人の入れ替えなどができないという現実です。大企業であれば、仕組みに合わない人材を解雇したり、新たな人材を大量に採用したりすることで、比較的スムーズに仕組み化を進められます。しかし、小さな会社ではそのような柔軟な対応がとりづらく、既存の人材を前提に仕組みを構築せざるを得ないのです。

 2つ目の原因は、社長自身がプレイング・マネージャーの役割を抜けられないという問題です。小さな会社の社長は、営業から経理、果ては雑務に至るまで、あらゆる現場の仕事に深く関わっているケースが多く見られます。そのため、本来のマネジメント業務に専念する時間を十分に確保できず、仕組み化の推進が困難になってしまうのです。

 3つ目の原因は、社長が社員への情を無視できないという事情です。小さな会社では、社長と社員の距離が非常に近く、家族的な雰囲気の中で業務が遂行されることが少なくありません。そのような環境では、社長は社員一人ひとりの事情に配慮せざるを得ず、情に流されて公平性を欠いた判断を下してしまいがちなのです。

 このように、小さな会社が仕組み化に取り組む際には、大企業とは異なる固有の障壁が立ちはだかります。それでは、こうした困難を乗り越え、仕組み化を成功に導くためには、どのような対策が求められるのでしょうか。

「社長の仕事」に専念できる環境整備

小川氏は、仕組み化に着手する前に、まず会社を自立させ、社長が本来の「社長の仕事」に専念できる環境を整備することが肝要だと指摘します。具体的には、以下の3つのステップを踏んでいく必要があるといいます。

 第1のステップは、会社のビジョンを明確に定義し、それに基づいて中長期の経営計画を策定することです。ビジョンは、会社が目指すべき未来の姿を示すものであり、社員全員が共有すべき指針となります。そして、そのビジョンを実現するための具体的な道筋を、中長期の経営計画として落とし込んでいくのです。この作業を通じて、会社の進むべき方向性が明確になり、社員のベクトルを一つに束ねることができます。

 第2のステップは、税理士や社会保険労務士といった専門家の力を借りて、評価制度と賃金制度を整備することです。小さな会社では、社長の独断で人事評価や賃金決定が行われることが多く、客観性や公平性に欠ける傾向があります。そこで、専門家の知見を活用して、明確な基準に基づく評価制度と賃金制度を構築することが重要になります。これにより、社員のモチベーションが高まり、働きがいのある職場環境を実現できるでしょう。

 第3のステップは、成長考課制度を導入し、社員の成長を促進することです。成長考課制度とは、社員一人ひとりの目標を明確に設定し、その達成度を定期的に評価する仕組みです。社員は自身の成長を実感できるようになり、会社への貢献意欲も高まります。また、上司は部下の育成に注力できるようになり、組織全体の生産性向上につながるのです。

 以上の3つのステップを着実に進めていくためには、まず組織図を作成し、全社員の現状を細かく分析することが肝要です。そのうえで、社員に求める人材像を具体的に言語化し、それに基づいて考課項目と評価基準を設定します。加えて、各職位に応じた賃金テーブルを作成し、社員の納得感を高めることも重要なポイントとなります。

 そして、こうして整備された成長考課制度を実効性のあるものとするには、月に1回程度の面談を欠かさず実施し、社員の成長を丁寧にサポートしていく必要があります。面談では、社員の目標達成状況を確認するとともに、日頃の悩みや不安にも耳を傾け、きめ細かなフォローを心がけましょう。

 ここで強調しておきたいのは、税理士や社会保険労務士といった専門家の存在価値の高さです。彼らは財務や労務に関する高度な専門知識を有しており、その知見を企業経営に役立てることができます。社長は彼らを単なる事務処理の担い手ではなく、経営のパートナーとして積極的に活用すべきなのです。

 専門家の力を借りながら会社の土台づくりを進めることで、社長は目の前の業務から一定の距離を置き、会社の未来を見据える時間を確保できるようになります。業績の拡大を意識しすぎるあまり目先の利益に囚われていては、会社の持続的な発展は望めません。社長には、中長期的な視点から会社の針路を定め、その実現に向けてリーダーシップを発揮することが求められるのです。

 小さな会社が成長企業への第一歩を踏み出すためには、社長が1人で無理に背負い込むのではなく、社員を巻き込み、士業の力も借りながら、地道に仕組み化を進めていくことが肝要だということを小川氏は主張しています。

 小さな会社を取り巻く経営環境は決して甘くありませんが、強靭な意志を持ってこの困難な道のりに立ち向かえば、きっと光明が見えてくると思います。

企業人事の立場から考えること

 私も長年にわたり人事業務に従事してきましたが、小川氏が提唱する「小さな会社の仕組み化」の考え方には、非常に示唆に富む内容が数多く含まれていると感じました。

 まず、人事部門の最大の使命は、会社の持続的な成長と発展を実現するために、優秀な人材を確保し、育成していくことにあります。しかし、小さな会社では、人材の採用や教育に十分なリソースを割くことが難しいのが実情です。そのような中で、既存の人材を最大限に活かしながら、組織力を高めていくためには、仕組み化が不可欠だと考えます。

 特に、小川氏が強調する「成長考課制度」の導入は、人事部門にとって非常に有益な示唆に富んでいます。社員一人ひとりの目標を明確に設定し、その達成度を定期的に評価する仕組みを構築することで、社員のモチベーションを高め、自発的な成長を促すことができます。また、評価基準を明確化することで、社内の公平性や納得感も高まり、社員の満足度向上にもつながるでしょう。

 加えて、小川氏が指摘するように、評価制度と賃金制度を連動させることも重要なポイントだと思います。社員の頑張りが正当に評価され、それが賃金に反映されるような仕組みを整備することで、社員のエンゲージメントを高め、定着率の向上にもつなげられるはずです。

 ただし、こうした制度の導入には、社内の理解と協力が不可欠です。特に、社長や管理職層には、制度の意義や目的を十分に理解してもらい、運用面でのリーダーシップを発揮してもらう必要があります。人事部門としては、丁寧な説明と対話を重ねながら、全社的な浸透を図っていくことが肝要でしょう。

 また、小川氏が提言するように、税理士や社会保険労務士といった外部の専門家の知見を活用することも、人事部門にとって重要な示唆だと感じました。人事制度の構築には高度な専門性が求められますが、小さな会社では、社内にその知見を有する人材を確保することが難しいのが実情です。そこで、外部の専門家を上手に活用することで、より効果的かつ効率的に制度設計を進められるはずです。

 ただし、外部の専門家に全てを丸投げするのではなく、専門家の知見を参考にしつつ、自社の実情に合わせてカスタマイズしていくことが肝要でしょう。

 最後に、小川氏が繰り返し強調している「社長の覚悟」についても共感を覚えます。仕組み化を進めていく過程では、さまざまな困難や抵抗に直面することが予想されます。そのような局面において、トップのリーダーシップと覚悟が問われることになるでしょう。人事としても、社長の決意をしっかりと支え、ときには背中を押しながら、仕組み化の実現に向けて尽力していく必要があると感じました。


小さな会社が直面する仕組み化の課題を、社長が従業員と協力しながら取り組む様子を描いています。温かく家庭的な雰囲気のオフィスで、協力と献身の精神が感じられる場面が表現されています。


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