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石井遼介氏『心理的安全性のつくりかた』ー心理的安全性が導く組織変革の道標

 「心理的安全性」が言われて久しいです。本書は、近年ますます重要性が高まっている組織やチームにおける心理的安全性をいかにして構築するかについて、理論的背景から具体的な実践方法まで幅広く解説した書籍です。もう1回講読してみました。

第1章 チームの心理的安全性

 チームの心理的安全性とは何かという基本的な定義から始まり、それがチームのパフォーマンスや学習、成長にどのようなポジティブな影響を与えるのかを様々な研究結果を引用しながら説明しています。また、日本版の心理的安全性を測定する際の4つの因子として、①話しやすさ、②助け合い、③挑戦、④新奇歓迎、という4つの観点を提示。それぞれの因子の意味するところや、具体的にどのような状態を指すのかについて詳しく解説がなされています。心理的安全性の高いチームでは、メンバー同士が率直に意見を言い合い、助け合い、新しいことに挑戦し、多様性を尊重し合うことで、組織としての学習と成長が加速され、ひいてはパフォーマンスの向上につながっていくというメカニズムが示されています。

第2章 リーダーシップとしての心理的柔軟性

 チームに心理的安全性をもたらすためのカギともなる、リーダーの心理的柔軟性について焦点が当てられています。心理的柔軟性の3要素として、①変えられないものを受け入れる、②大切なことに向かう、③マインドフルに見分ける、という3つの観点が提示され、それぞれについて具体的な考え方や実践方法が解説されています。変化の激しい時代においては、リーダーがこうした心理的柔軟性を身につけ、状況や相手に合わせて適切にリーダーシップスタイルを使い分けていくことが求められるとしています。また、チームのメンバー一人一人も心理的柔軟性を高めることで、チーム全体の心理的安全性を高めることにつながるとしています。

第3章 行動分析でつくる心理的安全性

 行動分析という心理学の理論的枠組みを用いて、チームメンバーの行動を望ましい方向に変容させる方法が紹介されています。人の行動は先行する「きっかけ」と、行動の後に起こる「みかえり」によって制御されているという考え方のもと、メンバーの心理的安全な行動を増やし、そうでない行動を減らすためには、リーダーがどのような「きっかけ」を設定し、「みかえり」を与えるべきかについて論じられています。特に、メンバー同士の相互作用のなかで起こる行動のパターンに着目し、適切なタイミングでの声かけや承認、支援といった「みかえり」を通じて、チーム全体の行動変容を促していく重要性が説かれています。

第4章 言葉で高める心理的安全性

 人間の行動に大きな影響を及ぼす言葉の力に注目が集められています。言語には、目の前にない未来や現実をも創り出してしまうほどの強力な影響力があることが指摘されています。組織やチームにおいても、リーダーが言葉を使ってビジョンを示したり、大切にすべき価値観を明確に言語化したりすることで、メンバーの行動を望ましい方向に動機づけることができるとされています。特に、チームやプロジェクト単位で、メンバー全員で大切にしたいことを言葉にしていくことの意義が強調されています。それによって生み出される「意味づけ」が、一人一人の仕事へのモチベーションを高め、困難な状況においても前に進む原動力になるわけです。

第5章 心理的安全性導入アイディア集

 より実践的なノウハウが満載の章となっています。心理的安全性を高めるために、リーダーがまず自ら率先して行動を変えていくことの重要性が説かれたうえで、具体的にどのようなことに取り組むべきかについて、様々なアイデアが示されています。例えば、日頃からメンバーへの感謝を伝える習慣をつけること、気軽に話しかけていくこと、1on1の場でメンバーの話に耳を傾けることなどは、シンプルながらも効果の高い実践だと紹介されています。また、職場の環境を整えたり、フォーマットを変更したりするなど、ハード面での工夫も大切だと指摘されています。メンバー一人一人の「価値づけされた行動」を見出し、強みを生かせる役割につけてあげることも、リーダーの腕の見せ所だといいます。

ケーススタディ

 心理的安全性の導入によって組織が大きく変わった実例が紹介されています。著者自身のコンサルティングの経験も交えながら、導入時の課題から、実際に取り組んだ施策、そして成果に至るまでのストーリーが描かれています。そこから浮かび上がるのは、リーダー一人一人が自らの心理的柔軟性を高め、チームをファシリテートしていくことの重要性です。組織が心理的安全性を獲得していくためには、トップダウンの号令だけでは不十分で、現場のリーダーたちの地道な取り組みの積み重ねが不可欠だということがいえます。

 心理的安全性というテーマに関して、研究知見と実践知を緻密に織り交ぜながら、包括的かつ実践的な解説を行っています。組織変革の必要性を感じているリーダーや、組織の生産性を高めたいと考えている人事担当者など、様々な立場の読者にとって示唆に富む一冊となっています。個人の心理的柔軟性を高めることから始まり、対話と実践を重ねながらチームを変えていく。そうした地道な積み重ねを通じて、一つ一つの組織が心理的安全性を獲得していくことが、ひいては社会全体の幸福度の向上につながるのだと、本書は力強く主張しているのです。

人事視点における考察

 ここで、私の人事視点の考察を入れたいと思います。

 現代のビジネス環境において、組織が持続的な成功を収めるためには、イノベーションと適応力が不可欠です。そして、これらの要素を育むためには、従業員が自由に意見を表明し、リスクを取り、失敗から学ぶことができる環境が必要不可欠です。まさにここに、心理的安全性の重要性が浮き彫りになります。心理的安全性とは、チームメンバーが対人的なリスクを取ることに対して安心感を持てる環境のことを指します。つまり、自分の意見や懸念を表明しても、否定されたり、馬鹿にされたり、報復を受けたりすることがないと信じられる雰囲気があるということです。こうした環境では、メンバーは自由に発言し、新しいアイデアを提案し、建設的な議論を交わすことができます。その結果、チームの学習と成長が促進され、パフォーマンスの向上につながっていくのです。

 とはいえ、心理的安全性を構築することは容易ではありません。現に、伝統的な上下関係やパワーダイナミクスが根強く残る日本の組織文化においては、なおさらです。ここで重要になるのが、リーダーの役割です。リーダーには、自らが率先して心理的安全性を体現し、メンバーに働きかけていくことが求められます。例えば、自分自身の失敗や弱みを率直に語ることで、「完璧である必要はない」というメッセージを発信する。メンバーの発言に耳を傾け、感謝の気持ちを伝える。時には、「おかしいと思ったことは遠慮なく言ってほしい」と明示的に促す。こうした一つ一つの振る舞いが、心理的安全性の土壌を耕していくでしょう。

 一方、リーダーシップだけでは十分ではありません。心理的安全性を組織の隅々にまで浸透させるためには、制度や仕組みの後押しも必要です。例えば、失敗を許容し、そこから学ぶことを奨励する人事制度。多様な意見を歓迎し、意思決定に活かすプロセス。メンバー同士が率直に語り合えるような場や機会の設定。こうしたハード面での整備と、リーダーによるソフト面での働きかけが両輪となって、初めて心理的安全性は根付いていくでしょう。

 本書では、まさにこの「ソフト」と「ハード」の融合による心理的安全性の構築アプローチが示されています。チームメンバー一人一人の心理的柔軟性を高めることから始まり、グループダイナミクスに着目した行動分析、言語の持つ力の活用、さらには組織の制度やプロセスの見直しに至るまで、包括的かつ実践的な方法論が示されています。これは、心理的安全性という概念を、抽象的な理想論に終わらせないための道筋だと言えるでしょう。

 そして、本書が最も力点を置いているのは、リーダー自身の意識と行動の変革です。組織に変化を起こすためには、トップの一声だけでは不十分です。現場の最前線で部下と向き合うリーダーたちこそが、変革の鍵を握っているのです。彼ら自身が心理的に柔軟になり、状況に応じて適切にリーダーシップスタイルを使い分けられるようになること。日々の些細な言動を通じて、メンバーに働きかけ続けること。そうした地道な取り組みの積み重ねによって、組織文化は少しずつ、しかし確実に変わっていくことです。

 本書の心理的安全性の追求は、ある意味で「王道」とも見えます。トップダウンの号令でもなく、お手軽なツールの導入でもない。現場のリーダーと、一人一人のメンバーが、自分自身と向き合い、変わっていくプロセスに他なりません。それは一朝一夕には成し遂げられない、忍耐と覚悟を必要とする旅路です。
 しかし、だからこそ得られる「成果」は、組織にとって計り知れない価値を持つはずです。自由闊達な議論から生まれる斬新なアイデア。失敗を恐れず、果敢に挑戦を続ける組織文化。多様な個性や価値観が尊重され、それぞれが持てる力を存分に発揮できる環境。こうした成果は、単なる業績の向上に留まりません。「この組織で働くことが楽しい」「自分は成長できている」と実感できる従業員を増やし、ひいては社会全体の幸福度をも高めていく。それが、心理的安全性の追求が目指す究極の地平でしょう。。

 現代の企業には、利益の追求と同時に、より良い社会づくりへの貢献が求められています。しかし、「社会課題の解決」といった崇高な目標を掲げるだけでは、それは実現できません。一人一人の働く人たちが、生き生きと能力を発揮し、充実感を得られるような「場」を作ることこそが、全ての原点であり、出発点となります。

 本書の心理的安全性の考え方とアプローチは、まさにそのための指針となるでしょう。トップから現場のリーダー、そして一人一人のメンバーに至るまで、全ての層の人々が自分事として捉え、日々の行動を変えていく。その地道な積み重ねを通じて、一つ一つの組織が、より創造的で、働きがいのある場へと生まれ変わっていくものと思います。その先に、イノベーティブで活力に満ちた、そして一人一人が心豊かに働ける社会の姿が見えてくるのではないでしょうか。

チーム内の心理的安全性を強調した、穏やかで招待感のあるオフィスです。様々な背景を持つチームメンバーがオープンに意見交換を行っている様子がうかがえます。周囲には、共同作業や個人の反省のために設計された様々なスペースが配され、穏やかで自然な光が空間全体を照らしています。


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