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【書籍】従業員を力づけるー人材育成における経験学習の役割

 松尾睦氏の『職場が生きる 人が育つ 「経験学習」入門』(ダイヤモンド社、2011年)を取り上げたいと思います。私たちビジネスパーソンが日々の仕事経験からいかに学び成長していくかについて、理論と実践の両面から深く掘り下げた貴重な一冊です。

 著者の松尾睦氏は、長年にわたり企業の人材育成の研究を重ねてきた専門家であり、本書では、数多くの企業へのインタビューや調査を通して得られた知見が凝縮されています。松尾氏は、人が経験から学ぶためには「ストレッチ」「リフレクション」「エンジョイメント」という3つの要素が不可欠だと説きます。

 「ストレッチ」とは、自らの限界を少し超えるような高い目標に挑戦し続ける姿勢のことです。困難な仕事であっても、それに果敢に立ち向かい、自らの力を存分に伸ばそうとする。それが、経験を通じて成長するための第一歩となります。

 「リフレクション」とは、日々の仕事における自分の行動を客観的に振り返り、省察する活動を指します。うまくいったこと、うまくいかなかったこと、そこから何を学んだのか。自問自答を繰り返しながら、自身の強みと弱み、改善すべき点を冷静に分析する。そうした内省の積み重ねが、確かな成長の糧になるのです。

 「エンジョイメント」は、ストレッチとリフレクションの努力を続けるためには、仕事に対するモチベーションを高く保つことが肝要です。仕事の意義を見出し、そこから喜びややりがいを感じることができれば、人はさらなる高みを目指して突き進むことができるでしょう。たとえ困難に直面しても、前向きに捉え、挑戦し続けることができるはずです。

 松尾氏は、これら3要素を促進する原動力として、仕事に対する「思い」と、他者との「つながり」の2点を挙げています。
 「思い」とは、仕事において何を大切にし、何を追求するのか。自らの信念や価値観を言語化し、明確に意識すること。自分自身のため、そしてお客様や社会のために働くのだという情熱を持つこと。それが、仕事への強い覚悟とコミットメントを生み、3つの要素を力強く後押ししてくれます。
 もう一つのカギは、周囲の人々との「つながり」です。上司、同僚、部下、社外の友人知人など、多様な人々と良好な関係を築くこと。垣根を越えて積極的に意見を交換し、本音で語り合える相手を持つこと。時に厳しい指摘を恐れずに受け止め、自らの行動を見直す勇気を持つこと。そうしたオープンかつ濃密なコミュニケーションが、自己の視野を広げ、内省を深める大きな助けとなります。視点の違う他者からのフィードバックに真摯に耳を傾け、それを糧にしながら、より高いレベルでの「ストレッチ」「リフレクション」「エンジョイメント」を実践していく。それが、松尾氏の唱える理想的な「経験学習」のサイクルなのです。

 本書ではさらに、こうした考え方を部下の育成に活かすための具体的な方法として、効果的なOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)の進め方が詳説されています。目標設定、進捗確認、内省の促進、前向きな評価など、部下の成長を促すマネジメントの要諦が、事例を交えて分かりやすく説明されています。管理職の方にとって、現場で即活用できる知見が満載といえます。

 松尾氏は、本書のまとめとして、私たち一人ひとりが「経験学習」の理論を深く理解し、その考え方を自らの仕事や組織の中に根付かせていくことの重要性を訴えます。先人の知恵を余すことなく吸収しながら、自ら積極的に学ぼうとする意欲を持つこと。特に、リーダーの立場にある人は、そうした意識改革を自ら先導し、組織全体の「経験学習力」を高めていく必要があるというわけです。

 一人の気づきから、チームを巻き込んだディスカッション、さらには組織全体の仕組みづくりへ。小さな一歩の積み重ねが、いつしか大きな変革の推進力となっていく。本書に込められた松尾氏の熱いメッセージを、私たち一人ひとりが真摯に受け止めることからはじめることが重要と感じます。日々の仕事に真剣に取り組み、仲間と共に語り合い、高め合う。経験から学び、たゆまぬ努力を重ねていく。今日という日が、組織と個人の飛躍への新たな一歩となることこでしょう。

人事としての学び

 人事部門における経験学習の重要性、その実践方法、そして組織におけるその効果をより深く掘り下げて考察していきます。

経験学習とは

 経験学習は、個人が実際の活動を通じて学び、その経験から洞察や知識を抽出するプロセスです。このプロセスは、具体的体験、観察と反省、抽象的概念化、そして実践的試行の4つの段階を経て進行します。企業や組織においてこのサイクルを効果的に管理することで、従業員の能力開発を促進し、組織全体の適応能力を高めることが可能となります。

経験学習の実際的な適用

 組織における経験学習の適用には、まず個々の従業員に対する明確なキャリアパスと成長の機会を提供することが基本です。これには、新しいプロジェクトへのアサインメントや異動を通じて新たなスキルを学べるチャンスを作ることが含まれます。さらに、失敗を許容する文化を確立することが重要で、失敗を学びの一部として捉え、それから得られる教訓を組織全体で共有することが成長につながります。

経験学習の人事戦略への組み込み

以下のような具体的な施策が考えられます。

  1. ストレッチアサインメント
    従業員が現在のスキルレベルを超える課題に取り組むことで、新たなスキルを伸ばし、自己効力感を高めることができます。例えば、国際プロジェクトのリーダーを務めることで、グローバルな視点とリーダーシップを経験させることができます。

  2. フィードバックとコーチング
    定期的なフィードバックと専門的なコーチングを通じて、従業員が自身の行動とその結果を振り返り、改善点を見つけ出す手助けをします。これにより、リフレクションの質が向上し、経験学習のサイクルが効果的に回ります。

  3. 学習支援ツールの提供
    eラーニングシステムの導入や、経験学習に特化したワークショップの開催など、学習を支援するツールやプログラムを提供します。これにより、従業員は自主的に学び、実務に活かすことが可能となります。

経験学習の効果の評価

 経験学習の効果を評価するためには、具体的な指標を設定し、定期的に測定することが必要です。これには、プロジェクトごとの成功率の測定、従業員の能力開発の進捗状況の追跡、そして従業員エンゲージメントの調査が含まれます。また、経験学習が従業員の保持率や昇進率にどのような影響を与えているかを分析することも、その効果を測定する上で有効です。

長期的な視点での経験学習の活用

 経験学習は単なる一時的な取り組みではなく、組織の持続可能な成長戦略の一部として組み込むべきです。これには、経営層の強いコミットメントと、全従業員が学び続ける文化の醸成が求められます。経験学習を通じて得られる洞察や知識は、組織の革新と適応能力の向上に直接的に貢献し、変化の激しい市場環境においても企業が競争力を保持するための重要な要素となります。

 以上のように、経験学習を戦略的に組織に取り入れ、適切に管理することで、従業員の個々の成長だけでなく、組織全体の成長と持続可能な成功を実現することができるでしょう。

現代的なオフィスで行われているビジネスミーティングのダイナミックなシーンです。会議テーブルを囲んで、多様な専門家が活発に議論に参加している様子が表現されています。この設定は、職場での共同学習と成長の本質を捉えており、「ストレッチ」、「リフレクション」、「エンジョイメント」といった経験学習のコンセプトと完全に一致しています。オフィスのガラス壁と自然光は、議論の開放感と進歩的な雰囲気を強調しています。



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