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浦上咲を・・かたわらに κ (kappa)

Episode10 地蔵和讃(今回は少し長いです)

 嵯峨野のもっとも奥まったところにその寺はひっそりとたたずんでいた。

僕の手には、部屋のポストに入っていた、恋人の浦上咲からの置き手紙。

「なんだっけ・・・石仏がたくさんある京都の小さな寺で待ってるから見つけて。」

 そういうとぼけた字が並んでいた。彼女のいつものクセ。今回は京都でデートしようって寸法だろう。
僕は、せっかく稼いだおいしいバイト代をはたいて、京都に向かった。

化野念仏寺。

 平安時代には風葬の場所であり、そこそこにおびただしい死体が打ち捨てられていたという場所である。その死を悼んだ小さく風化した石仏が寺の一面にあるというところである。

 咲は本当にこんなところにいるのだろうか。僕はまさしく大海の中に一滴の滴を見いだすような面もちでその寺に入っていった。あたり一面は線香の匂いともやのように煙った煙が充満していた不思議な雰囲気のある場所だった。

(・・・・咲?・・・)
一角にある水子地蔵の近くにたたずんでいたひとりの若い女に僕は気がついた。

咲だった・・・。

「見つかった・・・。」

 咲はくすっと微笑みながら僕の方にその深い瞳を向けた。

「探偵ごっこしてるわけじゃないぞ。金だってかかるし・・・。」
「ふふふ・・こういうデートもたまにいいんじゃない?東京からたった3時間だし・・・・・。」

 そう言って咲は小さく笑った。水子地蔵の前には、いくつもの供物と、小さな絵馬のようなものが沢山供えられていた。咲は僕の存在など無視しているかのように、その地蔵に見入っていた。

「先輩・・・、これって何?。」
「水子地蔵のこと?。」
「うん。」
「お地蔵さんって何のためにいるか解るかい?。」
「ううん、よくわからない。」

 咲は地蔵を見つめたままそう答えた。見慣れているものだとは思うが、咲にとってはそんなに身近なものではないのかも知れない。そんな印象を僕は持った。

「・・・これはこの世のことならず・・・賽の河原の物語。」

咲は、あははと声を上げて笑った。
「なぁに?先輩、それ。」
「お地蔵さんのお話だ。」

僕は昔、祖母に教わった地蔵和讃の一説を口ずさんだ。

「年端もゆかぬ幼子が、一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため。」
「何を積むの・・・?」
「うん、地蔵はね、幼くして死んだ子供の守り神なんだ。」
「ゆっくり聞きたいなぁ、その話。」
「いいよ、そこに座ろうか。」

僕は、わずかな記憶をたどりながら、地蔵和讃を口ずさむことにした。

帰命頂礼地蔵尊、無仏世界の能化なり
これはこの世のことならず、死出の山路の裾野なる、
さいの河原の物語、聞くにつけても哀れなり。・・・・と、こういう出だしだ」
「・・・うん」

「じゃ、わかりやすくね。」
「・・はい、お願いします。・・うふ。」

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この世に生まれた甲斐もなく、子が親に先立つ事は何に増しても哀れだ。
二つ三つ四つ五つと十にも満たない幼子が賽の河原に集まって苦しむ様は本当に悲しい。


 この世と違って雨露をしのぐ家はなく、泣きながら河原に野宿して、西に向いては父が恋しい、東を向いて母が恋しいと泣く声は、骨身を通す悲しさだ。

 歩くことも出来ない赤ん坊は、生きているときは母が添い寝して乳を飲ませるだけでなく冷たい風に当てないようしっかりくるんで深く慈しまれていたのに、今のありさまは、身体をくるむ着物はなく、雨の降る日は雨に濡れ、雪の降る日はその中で凍え、悲しみ嘆くけれども、この世と違って、誰一人哀れむものはいない。

 ここに集まる幼子は、みな小石を手に持って積み重ね、回向の塔を積んでいる。手足は石にこすれて血がにじむ。それでも真っ赤になりながら、一つ積んでは紅葉のような手を合わせ、父の菩提、二つ積んでは母の菩提を祈っている。三つ積んでふるさとにいる兄弟の菩提を祈るにあたっては、ほんとうにしおらしい。

 昼は各々遊んではいるけれども、夜ともなればその河原には、地獄の鬼が現れて、幼子のそばに近寄って、これは冥土の旅である、何を甘えているとしかりつける。

 この世に残った父母は、今日は初七日、二十七日、四十九日や百箇日の追善供養のたびごとに、お前たちが形見に残したおもちゃの太鼓人形、着物を見ては泣き嘆き、元気な子どもを見ればなぜに我が子は死んだのだと泣き嘆き、その嘆きの分だけお前たちの責め苦をうける種となるのだと。

 そして金棒を振り上げて、せっかく積んだ塔を押くずし、お前たちの積んだ塔は形が悪く見苦しい、これでは功徳とは言えないぞとしかりつけ、早くこれを積み直し、成仏を願えと責めまくる。

 これにおびえて幼子は東西南北、転びながら逃げ回る。それでも地獄の鬼は容赦なく金棒を振り上げて、幼子をにらめつけ今にも打ち据えようと構えると、幼子は怖さやるせなくその場に座って鬼に手を合わせ、涙ながらに許しを請う。

 それでも無慈悲な鬼は、とりつく幼子をはねのけて、お前たちは罪深い、母の胎内十月十日、苦痛のもとに生まれ出ておきながら、三年五年七歳とわずかの時期に先立って、父母を嘆かせた事は重罪だ。

 生前、母の乳房にとりついて乳が出ないとその胸を叩いたであろう、母はこれをしのんでも、死んでしまえば何の報いもないのだ。
胸を叩くその音は奈落の底に響き、父が抱こうとした時に、母から離れないでおのが泣く声は八万地獄に響き渡る。 

 父の涙は火の雨になってお前に降りかかり、母の涙は氷になってお前の身体をけずる。それがゆえの責め苦である。

 このような罪があるがために、賽の河原に迷い来て、責め苦をうけるのだと再度打とうとする。幼子は恐れ両手を合わせてそこに伏して、許してくれと泣き叫ぶと、鬼はそのまま消え失せる。

 河原の中に流れがあり、この世にいて嘆く父母の一念が届いて、その姿が流れに映る。ああ、懐かしい父、母よおなかが空いたと乳房恋しく近寄れば、その姿はたちまち消え失せて、水は炎になって燃え上がる。あわれ幼子はその身を焼かれて倒れ込み気を失うことは数知れない。

 山に風の音がすれば、父かと思って駆け上がり、あたりを見ても父は来ない。谷に流れの音がすれば、母が呼んだかと喜び転びつつ急ぎ下り、あたりを見ても母はいない。西に東に駆け回り、石焼きの根につまずいて、手足を血に染めながら幼子は哀れな声で、もう父上はいないのですか、ああ、懐かしい母上とこの世の親を冥土から慕い焦がれるさまは誠に不憫である。

 それでも河原のことだから、冷たい風に身がしみて、またもや一度目を覚まし、父母なつかしんであちこち泣き歩く。
 折しも西の谷間より、能化の地蔵大菩薩が右手に如意宝の玉を持ち、左手に錫杖をついて幼子のそばに現れて、みどり児よ何を嘆いているのです、あなたたちは命短くして冥土の旅に旅立つのです。

 この世と冥土はとても遠いのです。いつまでも親を慕ってばかりでいると、冥土の親には会えませんよ。今日から後は私のことを冥土の親と思いなさい。 そう言って幼子たちを御衣の袖やたもとに抱き入れて慈しむことこそありがたい事だ。

 未だに歩けぬ赤子も錫杖の柄にとりつかせて、忍辱慈悲のその肌に泣く幼子も抱き上げてなでさすって熱い恵みの涙を流す。

 「大慈大悲の深きとて、地蔵菩薩にしくはなく、これを思えば皆人よ、子を先立てし人々は悲しく思えば西へ行き、残る我が身も今しばし命の終わるその時は、同じ蓮のうてなにて導き給え地蔵尊・・・・・ 
     おん かかか びさまえい そわか。」

「ふうん、なぁに?最後の呪文みたいの・・・。」
咲は涙目をごまかすように笑いながら言った。

 ちょうどお堂の縁がベンチのようになっており、そこからおびただしい数の石仏が見渡せる場所があった。
 咲は軽やかにそちらに向かうと、薄い水色のフレアースカートをちょうど裳掛座にして座った。僕はその横に座るとそっと咲を抱き寄せた。

あたりに人影はなく、静かなひとときが流れた。

「・・誰もいないね・・。」

咲はつぶやくように言った。
「その方がここにはふさわしいな。」
「うん。」

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咲はさっきから水子地蔵が気になっているようだった。

「親より先に死んだ子供はね、賽の河原ってところで、永遠に親の供養をし続けなければならないんだ。」
「供養って、どんな?。」
「石を積み続けるんだ。家族の分を積み上げられたら満願で、その子は初めて成仏できると言われている。」

咲は、石仏の周りに積み上げられている石の意味が何となく分かった顔をして僕を見つめた。

「ところが、そこには意地悪な鬼がいて、せっかく積んだ石をことごとく崩して行くんだ。」
「かわいそうだわ。どうするの?」
「はじめからやり直し。その繰り返しだ。」
「お地蔵さんは、どんな関係なの?」
「そうやってやってくる鬼から、子供たちを守って励ましてくれるんだ。」
「・・・・優しい仏様なのね。」
「だけど、地蔵は絶対に石を積むのは手伝わないんだ。
それは子供のためにならないからね。見守り、励ますんだが、満願はその子供たち自身で達成させなければならないんだ。」
「・・・・・。」
「そうじゃないと、本当に救われないだろ?」
「・・・・・・。」

「でも、先輩、一つわからないことがあるんだ。」

 咲は深い瞳をこちらに向けた。何もかも受け止め、包み込んでしまうような澄んだ瞳だった。

「鬼さんも、たぶん心を「鬼」にして子どもたちの成仏を手伝ってるんじゃないかな・・。結果的によ。たぶん鬼もつらそう。」

「優しい考え方だね」
「そしてね、どうしてお地蔵様は、こういう早死にした子を守るの?」
「そうだね、いろんな理由があるけど、まずは、学問的にルーツを考えてみようか。」

「はい、おねがいします。」
咲はメモを取る真似をして舌をぺろっと出した・・・。

「この背景にはね、菩薩とか仏の本願信仰とも呼べるものがあるんだ。いわゆる、南無阿弥陀仏~って感じの。」
「あ~、東本願寺とか西本願寺とか言う本願?」
「そうそう、そもそも本願というのは、仏や菩薩の誓いということなんだよ。」
「ふう~ん、で、それがお地蔵さんとどう関係があるのかしら。」
「まぁ、結論を急ぐなよ。」

「たとえば、阿弥陀如来という仏は、この世の一切の者を極楽浄土に往生させると言う誓いを立てて、それが果たされなければ、自分は仏陀にはならないと決めた。だから、阿弥陀如来はどんな人でも往生させることが、自分が仏陀になることになる。」

「あ、なるほど、だから、阿弥陀仏さん私を極楽につれてって~、そうすれば、阿弥陀仏さんも仏陀になれますよ~。ギブアンドテイクじゃん~。ってかんじかな?」

「いかにもキミらしい納得の仕方だな。簡単にいえば、そういうこと。
阿弥陀仏の本願にすがるということは、阿弥陀仏の願いを助けることになる。だから、『どんな人でも』と言うことは、悪人を救うことこそさらに本願に迫るのではないか・・・、これが、日本史でやった『悪人正機』と言うやつだよ。」
「う~、歴史は苦手です。」

「で、地蔵の場合は、これと同じ事で、もっと具体的になったものだと考えていいんだ。」
「というと?」
「地蔵菩薩も、本願があって、地蔵の場合はこの世だけではなく六道すべての者を救済し尽くすと言うとてつもない本願を持っている。」
「ろくど~って、何?」

「六道っていうのは、天道、人間道、修羅道、餓鬼道、畜生道、地獄
の6つをいうんだ。すべてのものはこの6つの世界に生まれ変わりを繰り返すと言う考え。輪廻転生の思想だね。」

「なんか、すごい世界の見本市だわ、生まれ変わりたくないのが正直な感想ね。」

「地蔵という名前が示すように、たとえ地獄に行ったものですら救い尽くすというのが地蔵菩薩の本願なのだから、どんなところにもあらわれて、救いの手をさしのべるわけだ。たから、ありとあらゆるところにお地蔵様はあるだろ?」

「すごい仏様なのね~。」

咲はあらためて地蔵尊の顔に見入っていた。

 だけれども、考えてみれば、「すべて一切のものを救う」と言うことはとてつもないことだとあらためて感じた。
この一切という概念は、人という存在のままではおよそ想像も付かない。

 そうなると、自らが「地蔵になって本願を立て、一切の救済をする」などとは、滅相もない事じゃないかって思えてくる。
 
 だから、ただひたすらに念仏とか題目とか唱えて本願にすがりその念を放下するか、あるいは、既に救済されている自分に気づくためただひたすら坐り、大きな事実を観じるか・・・。

 いずれにせよ、自らが世界や衆生を救済するのだなどという考えは極めて独善であるなぁとそう思った。

 そうだ、僕は少なくとも今は、地蔵菩薩や阿弥陀如来のような「本願」を立てられるような存在ではない。

 つまりは、それを徹底的に知る必要があるんじゃないだろうか。

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「どうしたの?先輩、何か怖い顔。」
「咲、そういえばさ、こないだ、自治会の奴らにケンカ売ってなかった?」
咲はえ~?というような驚いた顔をした。
咲はけらけらと笑いながら、得たりという顔で言った。

やだぁ先輩、ケンカじゃないですよ。」
「今ちょっと思ったんだけどさ。」
「なぁに?」
「咲が自治会総会でさ、大見えきって言っていたじゃん、社会を救うための革命的な行動だなんておこがましくないんですか?っていう言葉を思い出してた。」

咲は、なんの屈託もなく言った。

「あの時ってね、ただ単純にそう思ったこといっただけなの。あとから、ずいぶんナマイキなんて言われたりして、ちょっとへこんだんだから。」

「だけど、あの時にさ、人は近くのものはを救えるけど、すべて救済なんて無理です。という言葉にはすごく納得した。

「あたし、先輩一人でもいいから心から救いたいと思うけど、すべてできるかと言ったら自信ないもの、これって正直じゃないのかな。」

 回りを見渡せば、確かにそういう「すべて救うぞ」のようなある意味傲慢な主張がはびこっている。
 その、本来の無理がわかるから、「偽善」の匂いがしてならない。声の高い主だった者は、みな、そんな匂いがしていた。
 なんとなくそれを感じている若者は増えている感じがしているが、大人たちはそれを「覇気がない」「しらけ世代」という言葉で括ってしまっている。

 だけど、僕から言わせればその独善の極地が「あさま山荘」だったんじゃないのか?
 本来「本願」する存在でない者が「勝手な願を本願と誤解し、自分こそが正しいと錯覚したことに大きな誤解があったと思うのだ。
 ところが、そういう器でないところにそういう理念があるもんだから、異端を排除、さらには教義に反したら粛清と言うことになる・

人が神になろうとすることは、所詮無理なことなのだ。

「ねぇねぇ先輩、あたし、みたらし団子食べて帰りたいな。」
咲が無邪気に言った。

38329186-和菓子-みたらし団子

「そうだな、花より団子、買って帰りますか。」

僕たちは嵐山の駅へと向かった。嵐山までの道は、細い街道筋になっており、途中に茶店やら土産物屋などが点在していた。

「考えてみれば・・・。」
咲が歩く自分の足元を見ながらつぶやいた。
「地蔵和讃に出てくる嬰児たちって、死にたくて死んだわけじゃないのにやっぱり哀れだわ。
 親の嘆きが責め苦になるなんて、なんか、大人の一方的な都合のような気がしない?」

「地蔵菩薩は何から子どもを守り救おうとしてるのかを考えてみるとどうかな・・。」
「う~ん、やっぱり鬼にいじめられてるって事?」
「僕はね、地蔵和讃っていうのは、子どもの救済でなく、子どもを早く亡くした親の心の救済のためにあると思うんだ。」

つまり、こういうことだ。

 親より早く逝ってしまった子どもは、自分たちはその手でもう守ってやることはできない。したがって、親は、自分の子どもが無事に往生できるのか、迷ってやしないのか不安と悲しみで一杯になる。その不安が賽の河原の迷える嬰児の情景を生み、親は、吾子を大切に育てなければならないという戒めを持った。

 だが、それでもどうしても亡くなってしまう子どもはいるし、それを嘆く親も後を絶たないのは世の常だ。

 そんな中で、六道すべてをめぐっては悉皆救済を本願とする地蔵菩薩が、賽の河原で責め苦にあう嬰児たちを救わぬはずはない。

 我が身は賽の河原に行くことはできないが、地蔵菩薩の本願にたより、我が子の救済を願うのは親の自然なこころの動きといえるものだ。

 地蔵信仰は、そんなところから生まれた本当にせつない願いなのだ。
自分が悪く、子どもを死なせてしまったという罪の意識が強ければ、その信仰は強く、純粋なものになる。

「まさに、悪人正機とはよく言ったものだね・・。」
「なるほどなぁ~。自分は悪いヤツだと思ったら、信仰が純粋になるんだね。
 そういえば、キリスト教の教会でも「懺悔なさい」というもんね。自分はまちがってないという高慢な心があると、素直になれないから、もめるんだ。」

 咲はみたらし団子をほおばりつつ納得していた。
ほおばった頬をつつくと、口をすぼめたままいたずらっぽく笑った。

咲はお茶をすすった後、不満げに言った
「わが校の何とかセクトってのは、もめてばっかだね、なんか、お互いをけなしあうのがいいことだと勘違いしてる。」

 咲は、毎日拡声器でアジ演説している連中があまり好きではない。
下火になったとはいえ、キャンバスの随所で、そういう活動をしている連中はよく見かける。僕の友だちも一人、そういう中に入っているが、僕自身もあまり興味が湧かなかった。

 共産革命自体が、「本願」する存在の資格があり得ないと感じるからだ。
つまり、「救済」するものが、外にあるとしているからなのかも知れない。一方の救済は一方を捨てることになる。外に救済を求めたり、救済すると言うことは実は偽であると考えるからだ。

「あたしは、先輩が救われるんならあたしも救われたって感じるなぁ、けっこう恥ずかしい表現だけど、正直な気持ち。あたしの心が救われたいから、先輩を救うの。」

「それって、すごく感じる愛の告白だなぁ・・・。だけどさ、自分のためにもし咲が犠牲になったら、それこそ僕の心は救われないけどな。」

「そうなったらお地蔵様に助けてもらうから安心して。」

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救済とは、自らの心の有り様なのだと思った。

 少し前の若者たちは、社会の救済を皆叫んでいた。若者に流行のフォークソングも社会への抗議がなければ歌ではないとも言われた。だから、デモをし、闘った。

 でも、一体何のために闘ったのだろうか。そして、卒業するとあっさり闘うのをやめた。社会が救済されたのだろうか。いや、否だろう。

 僕は思うのだが、彼らは闘争によって自分の心を救済したのだと思う。つまりは、「闘争する自分」を実感することで、「自分の心の置き場」を作り、安心していたのだ。

 それならば、今目の前にいる恋人の咲と語らうことで、心の安心を得ている僕は、自分の心の救済をこうして行っていることになる。

 それを「しらけ」とか、無気力と言われるのであればそれまでだが、他人にとやかく言われる筋合いのものでもない。

僕は、咲を連れ立って、嵐山の駅に向かった。

「今日はどうする?このまま帰るか?」
「せっかく来たし、もう一日いようよ。」
「じゃ、ゆっくり心の救済でもするか」
「はい!」


今回は長かったですが、ここまで読んでくれてありがとうございました


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