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言葉による相手へのフィルタリング

昨日
駅からの帰り道、とあるお店の看板に

雑誌に載るほどの技術!

と書いてあるのを見ました。
※美容室のように、お客さんが直接そこで技術的なサービスを受けるタイプのお店です。

何度も通る場所なので見たことはあったのですが、改めて見て思った事。


私は、そういった宣伝文句に普段全く反応しないので、何故反応しないんだろう・・・と考えてみると、、、

もちろん技術が凄くて「雑誌に載る」こともありますが、その理由は様々です。

もともと良い評判があって、編集者の情報収集にたまたま引っかかった

お店が編集者とコネを持っていた

お店の中心人物が有名

来店した編集者がその店を気に入った

・・・トカトカ

メディアの動きって流動的で何がきっかけで膨らむかわかりません。なので、

雑誌に載るほどの技術!
=素晴らしい技術提供が受けられる

とは思えないのです。

雑誌に載りました!

なら、まだ何がきっかけなのかという受け取り側の想像の余地がありますが、「技術」って付けてしまうと

嘘をつかれた、という程でもないけれど
そんなのわからんしなぁ・・・

となってしまいます。

ただ、看板としてはそこを通る有象無象の人から

雑誌に載るほどの技術!
=素晴らしい技術提供が受けられる

だったり、そこまで考えずとも

雑誌に載る=凄い!

くらいに受け止める人を選んで集客する効果があるのだと思います。
看板を出す側が、敢えてその客層を選んでいるのか、無意識なのかはわかりませんが、お店側とお客さん側で、

雑誌に載るほどの技術!
=なんか凄い

という解釈が一致しないと成立しない謳い文句なのです。

ここまで来て、

誰もそんな細かく考えてねーよ

と思う人と、

そうそう、それ!

と思う人がいると思うんですけれど、私が気にしているのは、解釈が一致していないままコミュニケーションを取っているとお互いに

辛いんです・・・


いちいち深く考えたりしていなかったけれど、これまでも

同じ言葉なのに通じない!?

みたいな違和感を感じることがありました。

例えば
「成功者」っていう言葉、よくある自己啓発系の情報に多く登場してきます。

もちろん、しっかりと言葉の定義を説明して話を進めているものもありますが、全く触れずに

「成功者」=経済的自由を獲得した人
※多分ですが・・・

で突っ走っているモノが結構あり、それに接した時に違和感を良く感じていて、ひどいと

「成功者」や「芸能人」はみんな○○しているんです!

で、○○の話しかしない。

え?ちょっと待ってそれらを横に並べておいて放置??何が共通点?

と、気になって置いていかれます。

んで、自分でもあまり考えた事なかったけれど、私にとって「成功者」の本質は、

当人が
「日々がワクワクで楽しい」
「明日が楽しみ」
であったり、
最期を迎えた時に
「幸せな人生であった」と思えるかどうか
だったのです。
経済的自由はその副産物だったり。

解釈は自由なので、どちらでも良いですが、そこが合ってないのに突っ込んでいくとお互い辛い。
これはとあるビジネスセミナーを受けた時に主催者側との会話が凄く辛かったので、気が付きました。

入り口が異なっていると、だいたいその先もずっと食い違います。

ある意味入り口でフィルタリングしているのに、そこを無理矢理通ってしまった、って感じです。

まぁ、んなこと言っても仕事等でそんなこと気にしてられるワケないといったことが大いにあったし、それは普通の事だと思います。

ただ・・・
これからは自分自身の意志で、仕事のスタイルとか、やり方を考えていくことで、そこをどんどん減らしていくことが可能だと思います。


商売がリアルな接点しかなかった時代は、とにかく多くの人の目に入らないと始まらない、ということから
説明しないでも一番多くの人が感じ取ってくれる分かりやすい言葉で集客しないと、となりがちで

違和感を感じていても、そこを気にしている場合じゃない(フィルタリング無視)

だったのだと思います。

もちろん、それでもちゃんとフィルタリングして仕事をしているケースもたくさんあるけれど、

ネットでの情報発信が当たり前な昨今の状況が、その難易度を下げてくれます。

発信の対象者の数は、道端に看板を置いた時よりも膨大で、通りかかった時に見るのとはかける時間も違うので、よりきめ細やかな情報でも許されます。

それによって、
人となりを理解してもらえる=フィルタリングの精度が高くなります。

例えば、初めて入った個人店でいきなり邪見にされたり、「一見さんお断り」みたいな手法はリアルでのフィルタリングの一例ですが、もっと穏やかな方法で、徐々にフィルタリングをした結果で動き出す、ということがやり易くなっていて、

これは

何を買うか
より
誰から買うか

が重要になっている、とよく言われているやつに繋がります。

加えて、実店舗を持たずに商売が出来る、という事も、個人の力でやり方を選択する難易度を下げています。

多数派少数派関係ない話ですが、必然的に辛くなる可能性が高かった少数派にとっては特に朗報。
辛いの反対語は「楽しい」「楽」です。

てな感じで、行動していこうと思います。

そこが実現出来ると
「日々がワクワクで楽しい」
「明日が楽しみ」
であったり、
最期を迎えた時に
「幸せな人生であった」と思える状態

に一歩近づけると思うんです。

↓楽しそう

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