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23:板の節を見つめて

4歳ごろ。
家族で、父方の親戚の家を訪ねていったことがあった。

このときの訪問の名目は、子供服のおさがりを持って行く、ということだったようだ。いまでも親戚間でおさがりのやり取りなんてやっているのだろうか。

車で向かい、少々遠方なこともあって、あまり何度も行ったことはない。
それでもこの時の記憶は、やはり鮮明に残っている。

祖母の妹が苺を作っていて、どう考えてもそちらの記憶が強く残りそうなものだが、案外そちらの印象は薄かったりする。
酸っぱいものがあまり好きではなかったので、興味をもたなかったのだろうか。
積まれていた水色のコンテナなど、情景はなんとなく覚えているのだが、出来事を覚えていないのだ。

その親戚のお宅は、立派な木造建築という佇まいで、柱や床がいい茶色をしていた。
木や、畳のにおい。いかにも田舎らしい、というと失礼に聞こえるが、素朴な、趣のある、風情のある、という意味で、田舎らしい雰囲気だった。
そんなことのほうが覚えているので、わからないものだ。
まさか4歳で、渋いものや味わい深いものが好きというわけでもあるまいに。

部屋のなかには、幼い子供用の遊具がたくさんあった。
室内用のジャングルジムのようなものや、小さめの滑り台、ボールなども、そこかしこに散らばっている。

なかでも私の興味を惹いたのは、乗りこんでペダルを漕いで進む、子供用の赤い車だった。

自宅では、座椅子をひっくり返し、金属製の椅子の脚をハンドルに見立て、くるくるとまわして遊んでいたような子供である。
借りて乗っているうちに、羨ましくなった。親は、嫌な予感がしたんじゃなかろうか。

自分も欲しい、と言ったかどうかは覚えていない。
ただ、この赤い車は記憶に灼きついていた。
そんな時期もあったのに、なぜ私は自動車にまったく興味をもたなかったのだろう。なんとも不思議である。

遊びながら、木の節をじっと見る。
どうしてこういうものができるんだろう、と不思議に思っていた。

後日、この親戚のおじさんから、黄色い車体のミニ四駆を貰った。
ランボルギーニのようにドアが上に持ちあがって開くタイプの、黄色いブリキ製のミニカーも、このおじさんから貰ったものだった気がする。
車が好きだと思われていたのかもしれない。

誰もが興味をもちそうなものに、惹かれない。
そのあたりは、いまも変わっていないような気がする。

いにしえの、ミニ四駆のタイヤがひとつだけ、残っている。
あのころの私は、そこになにを乗せて、走らせていたのだろうか。

ミニ四駆のタイヤ


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