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絵本の中で生きる命

行員の息子亡くした夫婦「ふしぎな光のしずく」出版

 東日本大震災の津波で、七十七銀行女川支店に勤めていた長男健太さん(当時25)を亡くした田村孝行さん(63)、弘美さん(61)夫妻が息子の生きた証を残そうと、「ふしぎな光のしずく~けんたとの約束~」と題した絵本を自費出版した。健太さんの半生や津波の恐ろしさ、夫妻のこれまでの活動が盛り込まれた内容。夫妻は「次代を担う子どもたちに震災の出来事と教訓を伝えることが大事。命を守る大切さを考えてほしい」と望んだ。

 発災当時、女川町では大津波警報が出され、町の防災無線は高台避難を呼び掛けていたが、女川支店は支店長判断で13人が支店屋上(2階建て、高さ10㍍)に避難。その後、津波にのみ込まれ、健太さんら12人が犠牲になった。

 「高台に避難していれば助かった命。悲劇を二度と繰り返してはならない」。田村夫妻は全国で講演やシンポジウムを行い、企業防災のあり方や命を大切にする社会づくりの重要性を訴える活動を続けている。

 絵本は健太さんが生きた証であり、後世に震災を伝え続けたいと制作。夫妻が原案を考え、知人の力も借りながら3月に完成した。構想から約5年かかったという。

 子どもも理解できるよう文章量は少なくし、柔らかい言葉で紡いだ。両親の愛情を受けながら健やかに成長する健太さんの姿を描いた前半の絵は明るい色合いで、幸せな日常が表現されているが、津波が襲来する場面は一転して暗く恐ろしい。事実はそのままに生々しい描写も加えた。「怖いかもしれないが、津波は恐怖感が分かるように表現しなければ伝わらない」と弘美さん。

 後半は健太さんを失った悲しみから少しずつ立ち直ろうと前を向く夫妻の姿を描写した。タイトルの「ふしぎな光のしずく」は、夫妻の活動をいつも見守る健太さんをイメージして付けた。孝行さんは「姿は見えなくなったが、健太は今も私たちと一緒。この本の中に生きている。『命を未来に生かす』という健太との約束を守ることができた」と話した。

女川町に本を寄贈した田村さん夫妻(左から2番目と右端)

 絵本は県内外の自治体に贈っており、4月24日には女川町にも5冊寄贈。本は女川小中学校図書室に並べられたほか、役場内の図書館でも読める。

 弘美さんは「(子どもたちには)自分の命がもしなくなったら、周囲はこんなに悲しくつらい思いをするんだということを感じてほしい」、孝行さんは「親から子に読み聞かせたり、学級会で読んだりしてほしい」と願った。須田善明町長は「自分や家族の命を守る大切さが伝わる。多くの皆さんに読んでもらえるようにする」と述べた。

 絵本はA5判カラー42ページ。1千部発行しており、価格は税込み1100円。金港堂石巻店に並んでいるほか、ネットでも取り扱っている。
【山口紘史】

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