私の恋人

あなたと過ごす時は、大きすぎる部屋は好きじゃない、少し狭苦しくて、閉じ込められたような場所が好きだった。開閉できる小さな窓を開けて、少しだけ外気を入れる。24時間換気の、静かなモーター音が浴室からこぼれてくる。手に入らないものばかり欲しがっても仕方がない、あまり多くのことは望まないようにしているが、未だにあなたがどうして多くのことを望んだのかわからない。苛立ってから煙草を吸う癖はもうない。いくつかの悪癖は止めて、新しい悪癖は増えないようにしている。今の私を見たら、あなたはどう思うのだろうと考えることがある。答えはわかっていて、外していないと思う。酷く傷つく、の一択だ。これは願望じゃない。答えがわかるように、私の心身にあなたが残したものだ。僕が1番じゃないと嫌だ、と言ったことは、今も淡い傷として残っている。ねぇあれ、わざと言ったんでしょう。言葉に囚われる、私の本質を見越して。

肩書を欲しがるなんて思わなかった。「あなたと暮らしたら」というたられば話は、2人の関係を維持するための岩塩のような、ターメリックのようなものだと思っていた。小さな、露店の指輪も恋人ごっこのまやかしで、何も宿していない腹部に、羨ましいと言ったことも、よくある行き場のない男女の戯言に過ぎないと思っていた。引き金を引いたのもあなただった。自分の人生を、これから先の道のりをどう歩むか考えた時に、私が居ないのなら、1人になることを選ぶなんて言うとは思わなかった。お家に帰るまでが遠足です、という中身のない言葉が空を舞う。でも私は、私が1番じゃないと嫌だとは言わなかった。言えなかったんじゃない、言わなかったのだ。

ありきたりな地方都市を抜ける、客がまばらな新幹線の車窓を見つめていると、青くて黒い隈が目の下にある自分の顔が写る。たらればの話は好きじゃない、どこにも行けない部屋を好むが、どこにも行けない自分は好きじゃない。乗り慣れない新幹線は意外と快適で、誰かが新聞紙をめくる音が聞こえる。地方紙か、スポーツ紙か、どんな事件やニュースが掲載されているのか考える。

私たちにとってあの日は大きな事件で、タブロイドにも、新幹線車内の電光掲示板にも、速報として流れてもおかしくなかったが、当たり前だけどどうでも良いただの1日で、その後世間も世界も淀みなく、時間は規則正しく一方通行、揺るぎなく流れた。目の下の隈が濃くなっても、髪がまばらに傷んでいても、ただただ時間の経過だけに救われることはある。あなただけでも救われていると良いと思う。加速しては停まる新幹線の中で、あの日から、私はお家に帰る気のない遠足に出たのだろうと思った。


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