ロングドライブ

春になると、教習所で運転免許証を取得したことを思い出す。地方に暮らす高校3年生は、学校から許可を得たらすぐに自動車教習所に通い始める。(許可を得ずに通う子もいるが、教師が巡回しているためすぐに停学をくらう)私は3月生まれなので、誕生日を超えるまでは仮免許すら取得できない。そのため、3月中頃から4月初旬までは、とにかく自動車教習所に通いまくっていた。進学先が決まっていて、入学式以降は車で通う必要があったのだ。

自動車教習所では、すでに運転免許証を取得した同級生たちは姿を消している。同じように3月生まれの呪いをかけられた者たちが必死に通っていた。ある子は4月から働かねばならず、ある子は専門学校に通わねばならない。ロングドライブで出かける日を夢見て、田舎にいる退屈さと高校卒業直後の淡い冒険心をごちゃ混ぜにしてハンドルを握る。縦列駐車に高速教習。タイムリミットがある中で、普段は話すような関係ではない同級生とも意気投合し、ランチに出かける日もあった。

教習所で受付をしている男の子は同じ18歳で、卒業式後すぐに教習所に配属され、研修として3月から働き始めたという。私には当時恋人がいたが、何となく彼の好意に気が付き始める。希望通りの時間帯に配車してもらえるのだ。本試験日が迫り、何となく「何か今度食べにでも行きますか」と私から声をかけると、おぼつかない様子で「デートみたいで申し訳ない」と返ってくる。「配車のお礼で」と伝えると、「絶対に何もしないから、食事に行きましょう」と返ってくる。

本試験の直前に、すでに運転免許証を取得した彼が私の自宅に迎えに来てくれたので、食事に行くことにしたのだが、高校卒業をしたばかりの、田舎者の2人には一体どんなところに食事に行けばいいかもわからない。ドライブに切り替え、海沿いを走ることになった。夜の日本海は静かだ。サンセットビーチとは名ばかりの、だだっ広い海辺の駐車上に停車する。これから教習所で働くこと、私は大学で経営学を学ぶことなどをポツポツと会話する。恋人がいることを告げると、コンビニで見かけたことがある(教習所近くのコンビニに、時々迎えに来てくれていた)と言う。

絶対に何もしない、という言葉のとおり、私たちは特に手をつなぐわけでも、キスをするわけでも、ましてやセックスをするわけでもなく、身の上話を交わし、再び自宅に送り届けてもらう。車を降りるとき、彼が「何もしなかった人、として覚えておいてもらえたら嬉しいです」と言う。

「どうしてそう思うの」と聞くと、「どこかで会っても、一度深く知ってから別れてしまったら、気まずくなってしまったり距離が生まれてしまう。何となく、あなたとはそうなりたくない。セックスをしてしまった、と後悔したくない。またどこかで会ったら、明るく話しかけて欲しい」と言う。その後、本試験が終わった私は彼と会うことはなかった。20年経っても、彼は「何もしない人」のまま記憶されている。

一度深く知ってしまうと、気まずくなってしまう経験は、その後数回経験することになる。誰よりも私の心も身体も知っていたはずの人とは、もう15年会っていないし、話もしていない。きっとこのまま、一生会うことはないだろう。他人を深く知れば知るほど、終わりが来た時に後悔をすることはある。

本当に触れたい人には、触れない方がずっと一緒に居られたり、またどこかで会ったときに、楽しく会話ができるのかもしれない。初めてあなたに触れる前は、そんなことを考えていた。あの日の帰り道、長い長い深夜のドライブの中で、教習場の彼の言葉を思い出していた。一度深く知ってしまったら。小雨の名神高速道路を、制限速度をやや超えるようにしてハンドルを握る。教官が横に乗っていたら、教習を止められる程度のスピードを維持する。後悔をすることは、きっとないのだろう。どうしても触りたかった。あなたがどのような手で、どのような形で、どのような声で、私に触れるのか知らないままじゃなくて良かった。丁寧に北陸自動車道の分岐へ侵入する。教習所の彼は今も、触れない誰かを想いながら配車しているのだろうか。

※このシリーズは3月9日・3月19日・3月29日・4月9日の4回にわたって投稿します


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