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ツノがある東館寿【毎週ショートショートnote】

 やめておけばよかった、と思った時には遅く、私の身は滑落するさ中にいた。

 地域密着型の老舗温泉旅館、『寿屋』の東館にはツノがある。
 近隣の山が噴火して出来た新たな山頂部分が、ちょうど東館の最上階を突き出して見える、という、触れ込みの割にはお粗末な由来だが、おかげで地域は鬼的な伝承を引っ提げてプチブレイクし、旅館にて披露宴が行われる際には、最上階部分を白い布で覆って角隠しに見せるという、訳の分からない儀式が伝統化し出した。
 まぁその鬼的な伝承をでっち上げたのは、この私なんだが。
 伝承の舞台を巡回するツアーが組まれたり、主人公の姫君をイメージした御膳が出されたりと、八割以上が嘘だと知っている私には片腹痛いが、これも生活費のため背に腹は代えられない、などと嘯きつつニヤついていたところで、旅館側から、

 今回の儀式は是非先生がお願いしますよ、ときやがった。

 最上階から落下しながら私も伝承に加えられる事を確信した。


(410文字)

 またの名を、エセ横溝正史。

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