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第37夜 ローソク足の人生

 このローソク足の株価チャートの動きは確かに連動している。私のバイオリズムと一致しているのだ。この会社は何だ? 聞いたことがない。先も同じ動きをするなら売買は容易だ。大金持ちになれるではないか。それにしてもこの会社は何だ? 調べるとバイオテクノロジーだ。世界各地にバイオの技術供与をしているらしいが、この業界にいない私にはBtoBビジネスの会社は知りようがなかった。私を使って何かを試しているのか? では何故私? 私が使っているバイオリズムは自分の生まれた日時に加え、両親の生まれた日時も加味されてまわっているものだから、同じパターンの人が存在するのはかなり低い確率になる。私が対象なのは間違いないだろう。
 なんだか気持ちのいいものではなかったが、どうせならと売り買いを重ねてみたことで資産は思うままに増やすことができた。やがてある思いが湧いてきた。こんなにも私の個人データを把握していて、みごとに同調させられる術を知っている存在なんて、そうはいないはず。ひょっとして私はこの会社に生み出されたアンドロイドで、すべて操作されながら生かされているのではないか? 身体、感情、知性。私が知るバイオリズムはその3つの状態がそれぞれ独自の長さの波のような周期で繰り返すのだが、これがじつは3つだけでなくもっと細分化されたもので構成されているとしたら…、たとえば運、勝敗、オーラ、etc.非科学的なこともこうして数値化されているとしたら。自分はさしずめゲームのキャラのようにプレーヤーに楽しみながら操られている? だとしたらこんな風に想像していることもプレーヤーの操作によるもので、プレーをストップさせるためにこの会社を破壊するような行動は全く無駄だということになる。
 ある日この会社の株価が突然乱高下した。急ぎバイオリズムを調べると、確かに同調している。バイオリズム曲線は心電図の値ではないのでそのまま生命の危機ではないだろうが、動揺しないではいられない。動揺で脂汗をかいたりしたことで身体、感情の曲線が最小値に向かっていく、それを見てさらに動揺が高まり冷静さを欠くことで知性も下降を始めた。3つの線はもはや周期特有の曲線ではなく、直線のまま3本はやがて重なり一本の線となり下降し続けた。株価はあっさりこれまでの蓄えまで吐き出すほど下落し続け、買いから入った分がすべて負債として積み上がっていった。それでも下降し、前場はストップ安で終わった。資産回復へはもはや手立てはない。数億の負債を背負うことになった。
 万事休す。覚悟を決め深呼吸をする。そもそもチャートが下降しきったことでバイオリズムもマイナス状態から浮上しない、イコール=死のはずだがこうして生きている。所詮バイオリズムなんてものは医療に利用されるような科学的データではない。きっとこれまでの同調はすべて何かの偶然だったのだ。頭に上っていた血液がまた元のように穏やかに全身に巡り出す。すると目の前のトレード画面が忙しく動き出した。チャートはまさにV字を描きながら株価が上がり始めた。まさにプレーヤーがゲームをリセットしたかのような動きだ。さっきまで周期を逸していたバイオリズム曲線もローソク足チャートに同調している。これは明らかに何かの力が働いている。私は無駄な抵抗は止め、株価の上昇に任せ損失がなくなった時点で株の売買から手を引いた。それを見届けるように、この会社の上場は消滅した。まさにゲームオーバーしたかのように画面がブラックアウトすると、一連の疲労感からか、私は眠りに落ちた。

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