【中編小説】猿楽町口伝
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あんなビルが建っちまいましたけど、数年前まではあそこには果物屋だの薬局だの履物屋だの狭い軒の店が何件か連なってましてね、そん中になかなかくせのある古本屋があったんですわ。狭い間口の両側に天井までの本棚があって、そこに本がぱんぱんに詰まってるから、脚立で上がって上のほうのをちょっとでも無理して抜いたら崩れてくるんじゃないかってひやひやなんですわ。店の主人はそんなのに手を貸すこともなく奥のカウンターの中で黙々と分厚い本読みながらこっちも向かずに「気を付けてね」なんていいく