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「彼と彼女」を自薦←! してみました

こんにちは!  こんにちはこんにちは煩くなってきたので挨拶を考えたいこんにちは世界です。しつこい。しかしながら、挨拶大事。こんにちは。

詳細は付録にしたためましたが、この作品は結構頑張ったなぁ。と思った私です。先日『大人の領分①茅瀬』をご紹介いただき[※アカウント名を変更して記事を整理なさったようです、幻になってしまいました…]すっかり下の下さん[※というわけでこちらのお名前のユーザーさんがいらっしゃいません…]に懐いてしまった[※略…苦笑]私、ついに、猫が獲った獲物を誇らしげに見せに来るあの気持ちを理解できました。だって、読んでほしいです。僥倖というしかないですが、私は造詣が深く心優しい大変優秀な読み手さんでもある書くこと大好きな書き手さんフォロワー様に恵まれたシアワセnoteユーザーでして、いつもとても、温かく深い励ましのコメントをいただいたりして、ほんとう、元気と感動をいただいてるのですが、だからこそ、noteだからこそ言えると思うんですが、読んでもらえるって本当、すごい嬉しい。その気持ちって、私が一人で楽しむのはもう、もったいなくないですか。せっかく書いてるんですから、そしてせっかく、下の下さんは自薦を推奨してくれてるんですから、なにより、私の文章は本当幸せなことに読んでもらってるんですから、公式に感想をいただけたら、私の作品を読んでいただいてるかたにも、それって、色々な楽しみを提供できることになるんじゃないでしょうか。[※記事、こっそり保存しとけばよかったなぁ…や、でもそれって残したくないから消したわけだからいけないのかなぁ…あ、この記事も削除申請来るのかなぁ…私、アルバムの写真捨てれないタイプの人なんですよねー…仕方ないんだけど、切ない。。。]

という次第でして、自己弁護を挟みつつ、ドキドキしつつ、やや怯えつつ(笑)、小説の下読みの下読み【あなたの小説読みます】さまに、今回、『大人の領分 番外 彼と彼女』を自薦させていただきました。

仕事、はや!

早速いただきました心温かいご感想は、こちら:[※…悲]

下の下さん…[※もう、(略)]

タイトル!

タイトルが! きわどすぎるで賞ですねこれ。さすがです。きわどいの、大好きです。ありがとうございます。

今回の嬉しいポイントは以下になります。嬉しい。ありがとうございます。

嬉しいポイント①

 よくよく読んでいくうちに、ああ、これは、セックスと食事のどちらを前にするかを悩んでいたのだ、と気づきます。この「謎」の提示と「気づき」が作品を読んでいくための面白さにつながる。
 ただ、冒頭はかなりトリッキーなことをしているので、読者によっては頭の中に浮かぶ疑問符の量が多すぎて、迷子にさせてしまいかねないのがリスクではあります。こういう冒険をした書き出しは個人的には大好きですが、くどくない具合にバランスを考えることも大事かもしれません。

ですよねー。

私の作品では『愛を犯す人々④美津紀』が代表的ですが、会うとなるととりあえずにゃーにゃーしたい人がたくさんいますので、作品通読いただいてる読者には、「あー…(ニヤリ)」というポイントだったと願っておりまして、ちょっとした読者サービスと、初読のかたのギリギリのラインを狙った結果、ここにボールが落ちたのですが、ラインイン判定をいただきまして、ヒヤリでした…。

私の作品を初読のかた、お付き合いを、ありがとうございました。拙いながらの謎解きを、楽しんでいただけましたでしょうか。御愛読いただいてるかた、はい、そうそう、私は裏切りません!いつも本当、ありがとうございます(愛)。

個人的には、1回目と2回目で印象が全然違うような、だからつい2度読みしちゃって、2回目は2回目で味わい深いんだけど、1回目のあの読みの体験にはもう、戻れない…というエンタテインメントを愛してます。ので、目指していきたいな。という、これは一応の抱負です。

下の下さん、あったかいアドバイスにやる気が満ち溢れます。頑張ります。

嬉しいポイント②

表に出すと「キモい」と切り捨てられてしまいかねない内心のちょっとしたこだわりや執着なども、一人称にしてしまえば気兼ねなく吐露できます。
 ちなみに一人称で書かれた小説ですが、「私」「僕」「俺」といった人称代名詞はおそらく意図的に排されています。
 そしてセリフも直接話法だけでなく間接話法を使うことで、彼女との逢瀬がまるで淡い「幻」だったかのような効果を上げています。

さすが、効果に目配りをいただけて、とっても、嬉しかったです。ええ、何回でも言います。嬉しいです。

はい。

意図的に人称代名詞を避け、間接話法を使用して、台詞と内省の境を消しています。地の文と想定される段落に埋め込まれた文章のなかには、さらに間接話法があり、台詞か内省か判別のつきにくいところさえあります。これは文法的によしとして校正的にアウトではと非常に微妙なんですが、私はこういう、文法だけが許すグレーな箇所の、不思議な感じが、好きです…文学にしかない味わいといいますか。はい。映画にしたら、絶対区別しないといけないし、漫画で吹き出し無しで会話ってありえないし。現実なんだか回想なんだか、本当の声なんだか幻聴なんだか。私たちが自分で思うほど、現実というのは私たちに近い場所にはないんですね。人間って、ひとりぼっち。嗚呼、クオリア*。

*クオリア(wikipedia)
クオリアは、我々の意識にのぼってくる感覚意識やそれにともなう経験のことである。脳科学では、クオリアはなんらかの脳活動によって生み出されていると考える。しかし、具体的にどのようなメカニズムがどのようなクオリアを生み出すのか、また、クオリアを生み出す脳活動と生み出さない脳活動では何が違うのか、等はわかっていない。

この作品群であまりに当たり前のように「」を使用しないのは、私の試みのひとつでもありまして、このべったりした感じが…私は恐れずに言おうと思います、自分で書いて、読んで、好きだ、と思います。

書き手さま向け…今回、一人称小説であるにもかかわらず人称代名詞を避けた理由は「読者と共犯関係を結ぶ」ためでもありました。「犯罪者を主人公にして肯定的に書くと犯罪への反感が少なくなる」というミステリーの公式をご存知のかたもあると思うのですが、とにかく、あたかも読み手が可愛い彼女をみて内省するとこんな感じになるような書きぶりを形式的に心がけることで、少しでも悪い大人のいやらしい感じを排斥したかったのですね。いわゆる目眩しですね。愛が眩しいですから。はい。あと、この書法には独特のテンポや高揚感をもたせやすい効果があります。読者の視界から一人称が消えると、VRっぽくなりますので、書き手さんにおかれましては、濡れ場にも是非、応用なさってください(♡)。


余談になりますが、人称に関しては、大学で受講していた中国文化の先生の衝撃的な一言が私の人称意識の根底にあるのだと思います。

日本語には一人称および二人称は存在しない。

はあ。

日本語というのは「間」の言語なんですね。だから、この場にいる「私」と「あなた」は助詞助動詞間投詞、および敬語によってその関係を規定しうると。主語がなくても基本的には成立するんですと。仰ってですね。それで「自分」というこの再帰代名詞に、日本語の自意識というものが発見されるんですよと仰いました。だから、一人称の文において再帰代名詞の「自分」が出てくる瞬間というのはつまり、日本語の自我が「世界のただなかにいるあなたと私」という場を作る主体から、切り取られて対象化された、孤独な存在になる瞬間なんだよと。これは私が日本文学というものを考えるにあたって、忘れられないポイントになりました。ですから今回、なるべく一人称を排除してみました背景には、日本語へのリスペクトもありました。

…という裏事情まで、世界の片隅でひっそり、しかし赤裸々に公開。

これからもどうぞ、よろしくお願いします。

下の下さん、ありがとうございます!

あと略称の(下の下)が顔文字みたいでほんと、かわいいです。この略称はかわいすぎるで賞ですね…!ありがとうございます。[※きわどすぎるで賞とかわいすぎるで賞はそういう次第で、永久欠番とさせていただきます…。ありがとうございます…私、お話、書き続けますます。]

重ね重ね重ねて、ありがとうございます、

これしかできない私です、書くことで、書き続けることで、誠心誠意、ご厚意に感謝していきたいです。



お話を書くのが、大好きです。


以上です。


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