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清水玲子『秘密』

読書感想文です。

長編のひと

Jets comicsの第1巻。ロイヤルブルーの表紙。
薪さんの「どアップ」。書店平積みでの初見。
「アアコレモウカウシカナイワ……」って買いましたとも。

清水氏の『月の子』は後追い一気読みでしたが、『輝夜姫』はリアルタイムで追い始めていて、あまりのドキドキに、もう単行本一冊ずつとか無理になり(自分の人生的にもマメに何かを追える余裕がない時でもあり)、中盤以降は完結一気読みしました。

そう。そんな風に、清水玲子氏というのは(100巻単位のウルトラ長編ではないですが)、凝ったプロットで紡ぎあげる長編の作家さん――
そして筋立ても、キャラも心理描写も、あまりにもアップダウンが激しくて心が弱ってると追いつけない迫力のお話を描かれる。
そういうイメージでした。

それがこの『秘密』シリーズでは、最初は、少しだけ様子が違いました。
あの1話目(海外ドラマならば「パイロット版」とでもいいましょうか)。
濃密ながらも、比較的コンパクトに話が完結した「リード大統領殺人事件」。

なになに、今回はこういう海外1時間ドラマ的な感じで続くのか……と思いきや。舞台もアメリカなのかと思いきや。

とんでもなかった。清水先生がそんなワケない。
やはり複雑な筋書きとジェットコースターのような感情表現こそが真骨頂でいらっしゃる。
とはいえ、一応、1事件ごとに話は完結する話なので、他の長編のように何年も何年も話が終わらないというコトはなくて、そこは少しだけ違うかも。
ただ、シリーズ全体としての伏線もたっぷりありますから、やはり「この世界観を堪能する」には「デケイド単位」の年月が必要にはなりますが。
しかし、なんでこんなパワーに満ちた話を、この緻密な絵で描き続けられる? 実は清水氏は3人ぐらいいるの? 三つ子なのか?

記憶媒体としての「脳」

「MRI捜査」――死体から取り出した脳に強力な磁力による電気刺激を与えて、故人が生前に「見ていた」映像をMRIスキャナーで再現しての捜査。
こんな捜査が、2060年の日本で「科学警察研究所 法医第九研究室」(通称「第九」)で実施されている。
その室長が「薪剛」。配属された新人「青木一行」(といっても第九は、ほぼ東大卒のキャリアしかいないので青木もすでに「警部補」とかなんですが)が、様々な事件を解決する話。
それが『秘密』シリーズです(ざっくり)。

「脳」とは、一体「なんぞや」……など。
生物も医学も生理学も哲学も、なにも知らない無知な自分には、全く分からないのだけれど。
脳は「ただの記憶装置」では、もちろんないハズ。
けれども「そういう取扱い」は可能そうだな……なんて思わされる。
メリケンドラマなどで法医学や科学捜査(相当架空でしょうが)なんぞをバリバリ見せられて、免疫ついちゃってますしね。

この設定だけでもう、あらゆる話が開花して止まらない感じ。
倫理、法規制、医学、化学、薬学……そして犯罪……警察。
そして「プライバシー」。

もちろん「プライバシー」は「秘密」とイコールの定義ではない。
けれど、まさに人の「究極の尊厳」は「秘密」を持ちうるか否かなのだと。
シリーズの根幹にあり続けるテーマ。
これが打ち出された悶絶の第1話には、常に立ち返りたくなる(この話なら、ギリ読み返せる)。

――MRI捜査では主に「視覚化」された事象が取り扱かわれるけれども、「人としての尊厳」である「秘密」とは、結局のところ「思考そのもの」なのではないかな。
究極的には、人が「何を考えるかを把握制約される」なら、もう人は人として保たれないと思うのだが……だって「そこにしか」自由はないじゃない?
ってな感じで。
もういくらでも妄想の沼にはまれますね。

時事ネタのコト

MRI捜査をする、つまり「事件」が起こる。
究極的には、犯人「個々人」の事情と動機があるのだけど、背景として、彼らがおかれた「社会的状況」が、この「秘密」シリーズでは、とても重視されています。
基本的には清水氏のお話では、その折々に起きたとても重要は社会情勢が色濃くストーリーに反映されてきたのかなと思います。
そしてそこには「向き合う(”合わねば”という)問題意識」が強く感じられる。
それを「少女マンガ」の濃密な心理描写の「中で」取り上げるというところに、もしかしたら、ものすごい「昭和感」を覚える若人もいらっしゃるのかもしれませんが。
わたしは好きなんです、そういうのが。

別に何かの「製図」や「解説」をしているワケじゃない、これはオーソドックス少女マンガ

長編で凝ったプロット――とはいえ、細部に折り目の合わなさみたいなところがしばしばある。というのは、清水作品批評でよく耳にします。
たぶん、それはあると思う。
(「輝夜姫」とか、ダークファンタジー風の第一部から、ガラリと変わり社会問題の話が喰ってきた第二部以降は振り落とされてついてこれない人多かっただろう)。
「秘密」も、描き切れてない部分やうやむやになった伏線らしきものの存在はあるのだと思う――が。
わたしは分からんのですよ。だってしんどくて、清水作品の再読&精読はほぼ不可能なので。
そういう意味での完成度云々なら、「(パイロット版的な)リード大統領事件」でしょうし、「露口絹子事件」でしょう。
これらのような規模感・まとまりの一話完結シリーズで進むとしても、それはそれで、もちろん素晴らしかったと思うのですが。
それってやっぱり「清水節」ではない気がする。
もう、何の事件だったか分かんなくなるほどのエピソードと感情の引き回しに合って、最後に「ああ……っ」ってなる。
辻褄の細部など、もうワケわかンないけど、いいんです(キッパリ)。

プロットや事件表現の緻密さとか社会背景の描き込みとかを凌駕する「猛烈な心理描写」。それが物語の中で、グングン勝ってきてしまう感じになる。これぞ「清水玲子」と、思うのです。

実は『秘密』は、緻密で説得力のある設定・世界観などよりも、ずっとずっと、そこがキモなんだなと感じます。
もちろん緻密な世界観があればこその、猛烈な心理描写の説得力なんですが。極論で言うと前者が「従」で後者が「主」?かなと。

とにかくとにかく、多幸感と絶望感のアップダウン。
でも物語としてのエンジンとしての「謎」「事件」「社会背景」の馬力の凄さ。これが『秘密』シリーズ。

究極のブロマンス―「尊敬」は幻想であり、かつ、劣情である

まあ、インディーズエロBLとかエロNLとかに血道を上げて書きまくっている人間がいうことではないですが。

肉体関係は「ない方がエロい」
これが真理と思います。

某少佐が言ってましたが「アレは見るモンじゃない、するモンだ」と。
いや、まあそうかもしれんが……そうじゃない。そうじゃないよ。
したら終わりなのよ。そこで終わり。
(だって少佐だって伯爵としないじゃないさ(笑)!)

もう青木・薪はどんな「セッ…」をするよりも、あらゆる情感・激情の交歓を「なし終えて」いてですねぇ。
とにかく。
こんな濃密で振り幅の猛烈な「関係」など、そこいらの夫婦や恋人には存在しないワケですよ(夫婦の場合、もっとこう、ゆったりとあたたかな感情がありそうですが)。

青木の薪への気持ちは「尊敬」というか「崇拝」でしょうか。
誰かを「エライ」と思う気持ちは、本人が思い定めたものの中でも、最も強い「幻想」なので、これほど甘美なモノはないと思うし。
青木と薪はね、MRI捜査以外の場所で出会いようがない人たちだったのです。
それ以外は無色なの。彼らの世界は(舞ちゃんは、ちょっと横に置いといて)。
なんというか、特に「薪」がそういう人なのではないかしら。
青木と使命以外は無色――

薪と青木は、コイビト云々ではなく「家族」になりたいと思っている。
という描写も出てきますが……。
確かに、その望みのようなものは、薪が口にしていたようですが。

いえいえいえいえイヤイヤイヤイヤ。

まあ、確かに?
そんな一面もなくはないでしょうね、心の中には。
彼は家族を取り戻したいし、それが自分の良心のよりどころだと思ってるから。だがしかし。

薪は自分の心の闇と弱さを、そうやって頭の良さでダマし続けてるだけだから。
自分のことも、そうやってダマしてる(だが、そこがいい)。

鈴木はさぁ……

まあ、シリーズで最も「美味しい」ところをかっさらっている「鈴木」。
コイツは、ほんとによくできた「人タラシ」なんですわ。
男も女もタラすタラす。
「プレミアム」事件の時に、ググっとキャラが出来上がった感は、なんだかありますけども。

うん、あの「プレミアム」の時。
あそこで「IF」。
サクッと薪と「ヤッちまって」くれてたらさ。「秘密」シリーズもなくって、薪の人生って、いわゆる「幸せ」だったのかもと思う。
なんてさ。
そんな「ご都合主義な幸せ」を与えないからこその「清水節」なんでしょうが。

いやはやそれにしても。
もう、season0の「プレミアムパート」だけでも、普通にBがLする一大連載が出来そうな贅沢さなんですよね。
どんだけ頭の中に「お話」がある人なんだ、清水玲子氏は。

究極のモブ、岡部

ホントに岡部、彼がいじらしくて。
もう、20巻以上のシリーズを読んできて、今は一番、なぜか岡部さんが愛しいよ……。
とはいえ、君の場所、何なら一番いいポジよね(あらゆるファンにとって)。

おわりに

えっと、本編・続編あわせた『秘密』シリーズの感想を……思ったのですが、なんだかよく分からないものになってしまいました。
「ささ、どうぞどうぞ」と、皆様に作品をお勧めするような文章に、できていないのですが、わたしは「メチャメチャ好き」なのです。
スゴイ話と思ってます。

こちら、実写化されたりと媒体が色々ありますが、わたしは「マンガ」で読まれるのを激しくお勧めします。絶対に。
ここでは話の筋書きなども、ろくにご紹介できてませんが、もしご興味があればWikipediaとかも、項目充実してるみたいですので、ハイ、どうぞそちらでぜひ。

蛇足1 第九の働き方改革

えっと、「ウ、ウェルビーイング」って知ってますか……?
あと30年後には廃れる価値観なんでしょうか。
ってか、ドンだけ働くんですか、第九は?!
刑事たちよ、君たち早死にするぞぉ。

ホント、あと20から30年ほど未来の話のハズなのに、相変わらず国家組織はクズだしさ……(涙)

「使命感」
医療関係者とかもそうなのかな……これって、本当に厄介で。
誰も止められないのよ。だから仕組みで、制度で無理矢理何度も止めてあげるしかないのだ。
執刀医が子供のお迎えの時間だからと、手術途中で交代する北欧ぐらいでないと、なかなか「使命感」を止めることはできない。
(とはいえ、これでは究極の分業社会となってしまいますがね。このような分業徹底社会では「常に最善の結果が提供されるワケじゃない」ってコトを、市民みなが納得していないと成り立たないのですが。ちょっと「今の日本人向き」ではなさそうですかね)

なんだろうか。これは先生ご自身のワーカホリックぶりが投影されているのかしら。
マンガ家は命を削って皆に素晴らしい作品を届けてくださっているのだと、少しずつ認識は広がって来たけれど。
先生がた、身体をお大事に(でも無理をしてでも描きたいモノがあるのが芸術家なんだろうなあ)。

まあ、福岡の室長になった青木は、きっちり仕事は片付けて、おうちのコトも頑張ってる描写があるけれど。
お母さんだっていつまでも元気じゃないのよ、青木くん。
そうやって無理がきいて頑張れるのは30代までよ(薪さんもね!)

蛇足2 萩尾望都御大との交流

全然知識がなかったのですが、萩尾望都氏の影響がとても大きいコトが公言されているとのこと。
なるほど……聞けば納得。この壮大な感じのストーリー展開とか。まさしく王道(昭和な?)の圧巻心理描写とか。
SFが根底にあるところとか。そっかそっか。

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