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【赤い炎とカタリのこびと】#15 カタリのこびと

※このお話は2023年の12月1日から12月25日まで、毎日更新されるお話のアドベントカレンダーです。スキを押すと、日替わりのお菓子が出ますよ!

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 こびとたちのお菓子作りの工場の床板は真っ白いタイルで埋め尽くされていました。中央にある大きなレンガでできた窯が、工場のどこからでも見えました。「焼き上がり!」大きな声で工場長が叫ぶたびに、黒い鉄でできた釜の上の蓋が空いて、中からキツネ色で飴色の、こんがり焼けた焼き菓子が飛び出しました。
 下の蓋では力自慢のこびとたちが火力の調整をしています。「そうれ」の掛け声とともに蓋を開けると、赤い炎がごうごうと燃えているのが見えました。こびとたちが一斉にシャベルで炭を投げ入れて、また釜の蓋を閉めます。「次だ!」元気よく叫んで、大きな麻袋を肩に背負い、次の炭をとりに走って行きました。

 工場の四方は真っ白な壁に囲まれていました。壁にはいくつもの扉がついています。
「あっち」
デコレーションのこびとが指をさしました。近寄って扉の横を押すと、扉が左右にスライドしました。
「意外とハイテクだろ?」
中に飛び込んで手招きします。カタリのこびとも飛び込むと、扉が閉まって、いきなり体がぺしゃんこになるかと思うほど重くなりました。踏ん張って耐える間も無く、重さはどこかに吹き飛んで、今度は上に引っ張られ、ぴょんと体ごと弾んだかと思うと「ポン」と音がして扉が開きます。上の階についたのでした。
「到着」デコレーションの小人が辺りを見回しながら外に出ました。「ひい」と声を漏らして、出たすぐそばに立ち止まり、「早く来い」とカタリのこびとをまた呼びます。

 カタリのこびとはエレベーターの外に出ようとして、思わず足を引っ込めました。足元にさっきの工場が見えたからです。おそるおそる足をまた着けます。透明で滑らかな床がちゃんとありました。
「大丈夫。丈夫なガラスだそうだ」
立ち止まったままぴくりともせず、デコレーションのこびとが言いました。下を見ないようにしながらまっすぐ前を指しました。
「お前の持ち場はあっち」
 透明な床でできた廊下の先には、また透明な壁に囲まれた部屋がありました。中には大きな机がいくつかと、たくさんの丸まった羊皮紙、それに箱がひとつありました。
「持ち場?」
「そうだ」とじたエレベーターの扉に張り付きながらデコレーションのこびとが答えます。心なしか、声が震えているようでした。「書類担当は、あそこで証明書を作るんだよ」
「証明書って?」
「羊皮紙に子どもたちの願いを書いて、あの箱に入れるらしいよ」
「願い?」
カタリのこびとがじっとデコレーションのこびとの顔を見ました。デコレーションのこびとがうろたえて首を振りました。
「俺は、詳しくないけど、そう聞いてる。ちょっと、なんていうかさ、あっちに、事情があって行けないもんだから」
「怖いの?」
カタリのこびとが透ける床を指差しました。
「そうだよ」
デコレーションのこびとが答えを聞くと、にっこりと笑って、壁のボタンを押しました。
「私、『持ち場』に戻ります。案内してくださって、ありがとう」
エレベーターの扉が開いて、デコレーションのこびとが逃げ込むように中に入ります。胸を撫で下ろすデコレーションのこびとが扉が閉まって見えなくなると、カタリのこびとが透明の部屋に向かって振り向いて、まっすぐに向かって行きました。
「羊皮紙に、願いを書いて、箱に入れる」
繰り返し繰り返し呟きます。
「羊皮紙に、願いを書いて、箱に入れる」

 近づくにつれ、部屋の様子がよく見えてきました。一番奥の机に人影があります。眉間に皺を寄せたこびとが一人、天井まで届きそうなほどの本に囲まれて、頭を掻きむしっていました。
 ゆっくりと腰を落として四つん這いになり、カタリのこびとは部屋のドアに近づきました。遥かに下に工場が見えます。でも、ちっとも怖くありませんでした。ひんやりとするガラスの床に手をついて、一歩、また一歩と前に進みます。
 外開きのドアの取っ手を掴み、回してから少しだけ開けました。奥のこびとは書類に夢中で部屋の様子など眼中にないようです。近くの机の下に潜り込んで引き出しを開け、ペンを取り出すと今度は手を伸ばして羊皮紙の一枚を床に落として自分のいる床に広げました。
「願い……」
 書きたかった願いは確かにあるように思われました。でも、ぼんやりと霞んでいます。目を瞑りました。笑い声が聞こえるような気がしました。
『河童のお皿なんて持って来られるわけないじゃん』
 男の子の声がしました。何か思い出せそうです。呟きました。「河童のお皿と……」頭の霧が晴れていくようです。「レンガの家」。聞き覚えのある鈴の音も聞こえてきました。「チャグチャグ馬コ」口をついてくるもの全てが、何だか大事なもののような気がしました。思いつくままペンを走らせ、細く丸めて、デコレーションのこびとが言っていた箱に放り込みました。

『緊急事態』
 電灯が点滅しました。ブザーが鳴り響きました。
 箱の中から、黒い煙が上がっていました。

「赤い炎とカタリのこびと」No.15

このおはなしは、12月の1日から25日まで毎日続く、おはなしのアドベントカレンダーです。

目次
01. ラスト・クリスマス・イブ
02. 大あわてのサンタクロース
03. クリスマス・イブまでの24日間
04. 田中さんの災難
05. 田中さんの仲裁
06. 田中さんの観光
07. 田中さんの焦躁
08.  田中さんの計画
09. 田中さんの行進
10. 田中さんの失態
11. 「続き」
12. 栄転
13.  去年
14. 「帰る」
15.  カタリのこびと