【赤い炎とカタリのこびと】#21 真っ赤なニセモノ
※このお話は2023年の12月1日から12月25日まで、毎日更新されるお話のアドベントカレンダーです。スキを押すと、日替わりのお菓子が出ますよ！
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病院の入り口のスロープの前で昨夜と同じサンタ服のままの田中が深呼吸をしました。
「どうしてトナカイ、ホテルに残してきたの？」
帽子の中でカタリのこびとが言いました。
「入り口で待っててもらっても、目立つだろ」
「目立った方が良くない？ サンタっぽいでしょ」
「あのね、例え俺が本物のサンタクロースでも、成人男性が深夜に病院に勝手に侵入したら犯罪なわけですよ」
ひょっこり校正のこびとが帽子の中から顔を出しました。
「病院にだってサンタは来ますよ？」
「入って！」田中が慌ててこびとを中に押し込めます。「校正さんは話をややこしくしないで」
「わざわざホテルに戻らなくても良かったんですよ。田中さん以外は全部本物なんですから」
「褒めてないし。帽子の中の君たちは、俺が一旦風呂に入って来たことに感謝するべきだよ」
田中が少し下がって、病院の建物を見上げました。ほんの少し帽子を持ち上げます。
「カタリさん、まだ光ってる？」
帽子の隙間からカタリのこびとが建物をのぞきます。
「３階」
キッパリとした声で言いました。
「サンタさん！」
後ろから声が聞こえて、田中が驚いて帽子を被りなおしました。後ろからコートを羽織った看護師らしき人が走って来ました。
「すいません。場所、ちゃんと連絡しなくて。あっちです」
荒れた手で病院の入り口を指差します。田中の耳のすぐそばで囁きました。
「今日は、皆さんのことを『サンタさん』とお呼びします。お子さんがたくさん来ているので」
「は、はあ」
連れられるがまま、田中が病院の入り口に入っていきます。エントランスに『サンタクローズコンサート』という小さな立て看板がありました。
「他の方は先にリハーサルをなさっていますので」
入り口を通って左、待合を越えた後に階段を登り、両開きの扉の中に通されました。ジャバラのな凸凹のある壁の前に一段高いステージがあり、マリンバの前にひとり、立てかけたギターの前にひとり、サンタクロース姿の人物が何やら話をしていました。
「残りのサンタさんがお見えになりました」
看護師がにっこり笑って扉を閉めました。二人のサンタが不思議そうに田中を見ました。
「どうも」
首だけで会釈をすると、サンタたちも軽く会釈を返しました。
「し、司会頼まれまして」
口から出まかせでしたが、信じたのでしょう。二人がまた話をし始めました。
「今日はよろしくお願いしまーす！」
田中はなるべく元気よく言って、後ろ手に扉を僅かに開け、滑るように部屋から抜け出しました。出た後で、素知らぬ顔ですれ違う看護師や患者たちに一礼します。
「上、この上の階」
頭の上で声がしました。カタリのこびとの声です。
「わかってる」
田中も小さな声で言って、素早く階段のほうに踵を返しました。「こんにちは」「よろしくお願いします」看護師さんたちに挨拶されるたびに、にっこり会釈をしました。
人気のないのを見計らって、階段を登りました。
「あっち」
フロアにつくなり、カタリのこびとが帽子から抜け出しました。４階は静かで、人の気配がなかったのです。
「先。もっと先の部屋」
足音を床に響かせながら、言われるままに進みます。一番突き当たりの部屋で、「ここ」とカタリのこびとが言いました。
取手を掴み、引きました。
声も、物音もしませんでした。中には痩せた女性がひとり、ベッドで静かに眠っていました。
「戸、閉めて」
ベッドの前に立ったままの田中にカタリのこびとが言って、ぽん、と頭からシーツに向かって飛び降りました。黒い煤のような粉が飛びました。田中が静かに扉を閉めます。カタリのこびとが煤の跡を残しながらシーツの上を滑り、ベッドの頭のほうにある戸棚を指しました。
「あれ。光ってるの」
「しっ」
声の大きさに驚いた田中が人差し指を口に当てます。ふう、と校正のこびとがため息をつきました。
「起きないですよ。『こびと』がそこにいるんですから」
「それって、どういう……」
田中が校正のこびとに聞こうとした時、こつん、と足音がしました。
「静かに！」
校正のこびとが言って田中の髪の毛を引っ張りました。
「いってえ！」
声にならない声で田中が言って、耳を澄ませます。こつん、こつん。近づいてきます。
「こっち来るかも」
田中が囁き声で言って、カタリのこびとをつまみ上げ、ゆっくりと、ベッドの下に身を隠しました。
「赤い炎とカタリのこびと」No.21
このおはなしは、12月の１日から25日まで毎日続く、おはなしのアドベントカレンダーです。
目次
01. ラスト・クリスマス・イブ
02. 大あわてのサンタクロース
03. クリスマス・イブまでの24日間
04. 田中さんの災難
05. 田中さんの仲裁
06. 田中さんの観光
07. 田中さんの焦躁
08. 田中さんの計画
09. 田中さんの行進
10. 田中さんの失態
11. 「続き」
12. 栄転
13. 去年
14. 「帰る」
15. カタリのこびと
16. 赤光
17．目的地
18. 「お願いなんかありません」
19. おおうそ
20. トナカイ
21. 真っ赤なニセモノ