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ショートショート 雪解けアルペジオ

「卒業か」
松本吹奏楽部長が部室でつぶやいた。外には暖かい日が差している。
「合奏、してみたかったなあ」

『ラッパ部長』
陰でそう呼ばれているらしい。部とは名ばかり。先輩たちの卒業後、部員は自分一人だけだ。とはいえトランペットを『ラッパ』などと乱暴な言葉で呼ぶのはやめて欲しい。

授業後毎日ここで練習をした。夏休みの炎天下も冬休みの氷点下も問題にはならなかった。「帰れ松本」何度先生に言われたことか。

ポー。
聞き覚えのある音がした。少し濁ってるなと部長は思った。
パー。
今度は高い音。幾分ましなトランペットの音色だ。おかしい。この学校に自分以外のトランペット奏者がいただろうか。

立ち上がった。外ではつららが溶け始めている。
ピー。
窓を開けた。音が大きくなる。知ってるはずだ。これ、自分の冬の練習の音だ。寒すぎて凍っていたんだ。今溶けてきたらしい。愛用のトランペットを手に取る。最初で最後の合奏だ。頬に何か流れた。溶けたつららだ。きっと。

ショートショート No.703

たらはかにさんの毎週ショートショートnoteに参加しています。
今週のお題は「春ギター」。裏お題は「雪解けアルペジオ」です。