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【赤い炎とカタリのこびと】#22 だいきらい

※このお話は2023年の12月1日から12月25日まで、毎日更新されるお話のアドベントカレンダーです。スキを押すと、日替わりのお菓子が出ますよ!
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  駅ででんでん虫を降りて、西に歩いて。だんだん無口になる春子に悟は「どこ行くの?」と聞けないでいました。時折春子が険しい顔になるのを、ちゃんと見ていたからです。
 いつもの学校に行く道とは知らない通り、知らない建物。横断歩道を渡って、門のある建物に着きました。入り口にスロープがついています。自動ドアの中に入ると、覚えのある香り。おたふく風邪の時に祖母の家の近くの内科に連れてか行かれた時の香りがしました。
「こんにちは」
 白い服の看護師さんがにっこり笑って挨拶をします。ああ、やっぱり、と悟は思いました。
「おばあちゃん、ここ、病院?」
「そう」
今度は、春子が悟と目を合わせずに言いました。
「どっか悪いの?」
「おばあちゃんは、悪くないよ」
春子が受付で何やら話を始めます。頷いて、今度は建物の奥にある、エレベーターに乗りました。

 降りた先には廊下が続いていて、妙に静かでした。こつん、こつん、と歩くたびに廊下に音が響きます。
 つんと、消毒の匂いが立ち込めていました。春子はいよいよ無口になり、帰りたい、と悟は思いました。何かわからないけど、きっと悪いことが起こる。そう確信していました。

 こつん。春子が廊下の一番奥で立ち止まりました。一緒に立ち止まった悟の方を向いて、しゃがんで悟の顔を両手で包みました。
「お母さん、ここにいるの。会いたい?」
「お母さん、仕事じゃないの?」
春子が黙って首を振りました。
「やだ」
悟が言って身を引くと、春子の手が顔から離れます。春子の目が悲しそうに潤みました。
「やだ、けど……」
悟がそれ以上動くのを堪えます。俯いて、春子から目を逸らして、きゅっと唇を結びました。
「……いいよ」
春子が悟を抱き寄せて、ぽんぽん、と背中を叩きました。立ち上がって、引き戸の取手を引くと、ベッドにやつれた聡子が眠っていました。

「炭……?」
春子がシーツの上の黒い粉を指で擦ります。悟は黙って聡子を見ています。顔が真っ青でした。
「お母さん、去年のクリスマスに交通事故にあって」春子が聡子の頭の上の戸棚に手をかけました。ゆっくり引くと、中からクリスマスカラーにラッピングされた袋が出てきました。
「はい」
春子が悟に袋を差し出します。
「お母さんの車に乗ってたんだって。きっと、悟にだよ」
悟が春子の顔を見上げました。差し出された袋に目をやって、吐き出すように言いました。
「いらない」
袋の端を掴んで、ベッドの上に置きました。
「こんなの、いらないよ」

「田中さん、ポケット!」
ベッドの下で校正のこびとが言いました。田中のサンタ服の右のポケットが光っています。田中が寝転がったままの姿勢で身を捩って、ポケットの中から羊皮紙を取り出しました。

「お帰り」
男の子が言いました。
「ただいま」
お母さんが言いました。
手にはお土産を抱えていました。男の子が欲しがっていた、河童のお皿です。

 羊皮紙の上には、今までになかった文章の続きが浮かび上がってきていました。校正のこびとがメモした通りの文章です。全部浮かび上がると、もともとあった歯切れとつながりました。

 2023年の、クリスマスイブのことでした。
 お母さんは、本当に、男の子の元に帰ってきたのです。

「これで全部?」
田中が羊皮紙を見て、外の二人に聞こえないように囁きました。
「これで、全部」
カタリのこびとが上の空で答えました。
ちりちりと微かな音がして、焼けるような匂いがし始めした。黒い煙が、羊皮紙から出始めていました。
「まずい」
校正のこびとが言いました。
「これじゃダメです。この証明書は根本的にダメなんです」
「ダメってなに?」
羊皮紙の煙を袖で押さえながら田中が言いました。『否認』の文字が微かに浮かび上がっているの見えました。校正のこびとが泣きそうな声で答えます。
「証明書の対象が、あの子が願っていることじゃないと、そもそもお願いは叶わないんです!」

「……嘘つき」
ぼろぼろ涙を溢しながら悟が大きな声を出しました。
「おばあちゃんもお母さんも、みんな、嘘つきだ!」
「悟」
滅多に出さない孫の大声に、春子が狼狽えて悟の肩に手をかけました。すぐに悟が手を振り払いました。
「大嫌いだ。お母さんなんて。帰ってこなくて良かったんだ!」

「……願ったことなら、いいの?」
カタリのこびとが呆けたように呟きました。だんだん動かなくなる体を引きずって、羊皮紙の上まで這い出して、もうすっかり炭に変わった手の先で、さっきの続きを書き出しました。

 それは、ゆめでした。
 帰りにヘマをしたお母さんは、赤い炎にけされてしまいました。
 もう、戻ることはありません。

「やめろ!」
田中が大声をあげてカタリのこびとを押さえつけました。
「そのバカ、捕まえとけ!」
校正にこびとに言って、校正のこびとのすぐそばまでカタリのこびとを移動させるると、ずるりと、ベッドの下から飛び出しました。

「赤い炎とカタリのこびと」No.22


このおはなしは、12月の1日から25日まで毎日続く、おはなしのアドベントカレンダーです。

目次
01. ラスト・クリスマス・イブ
02. 大あわてのサンタクロース
03. クリスマス・イブまでの24日間
04. 田中さんの災難
05. 田中さんの仲裁
06. 田中さんの観光
07. 田中さんの焦躁
08.  田中さんの計画
09. 田中さんの行進
10. 田中さんの失態
11. 「続き」
12. 栄転
13.  去年
14. 「帰る」
15.  カタリのこびと
16. 赤光
17.目的地
18. 「お願いなんかありません」
19. おおうそ
20. トナカイ
21. 真っ赤なニセモノ
22. 大嫌い