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ショートショート 真夜中万華鏡

 坂本の爺さんは飲兵衛でな。真昼間から酒くらっては、道端で寝っ転がってた。村の人から咎められはしなくてな、酔っぱらいの割には悪さはしねえし、何よりたまに面白えことを言うんだ。

 ある日、爺さんがビールをひと瓶平らげちゃって、意地汚いもんだから、残ってねえもんかとひっくり返して眺めててな。すると、この辺じゃちょっと見ないくらいの身なりのいい紳士が爺さんに尋ねたんだと。

「何か見えるんですか?」
 爺さん、罰が悪くて苦笑いだ。苦し紛れに瓶をくるくる回してみせた。
「瓶じゃねえよ。万華鏡さ」
「拝見させて下さい」
 紳士は全く悪びれねえ。爺さんから瓶を受け取って中覗いた。散々眺めてため息ついたな。
「何にも見えない。真っ暗だ」
「そりゃあそうさ」爺さんが得意顔で答えた。「真夜中の万華鏡だもの」

 後で聞いたら偉い評論家の先生だったらしい。今じゃビール瓶と爺さんの写真が美術館で飾られんだ。わかんねえもんだな。万華鏡の模様も人の運命も。

ショートショート No.708

たらはかにさんの毎週ショートショートnoteに参加しています。
今週のお題は「放課後ランプ」。
裏お題は「真夜中万華鏡」です。