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【赤い炎とカタリのこびと】#16 赤光

※このお話は2023年の12月1日から12月25日まで、毎日更新されるお話のアドベントカレンダーです。スキを押すと、日替わりのお菓子が出ますよ!
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 箱の中から煙が上がって、あたりに警報が鳴り響いて、何か悪いことが起きたのは、カタリのこびとにもすぐにわかりました。
 煙の中、入ってきたドアに走り、乱暴に開けて外に出ました。開いたドアから煙が廊下に漏れて行きます。
 床の下では、工場のこびとたちが大騒ぎをしているのが見えました。デコレーションのこびとが口を開けて上を眺めています。申し訳ない、とカタリのこびとは思います。せっかく、案内してくれたのに。

 デコレーションのこびとの視覚に入らないように、静かに廊下を渡りました。エレベーターのボタンを押して、下の階へ、ついた途端に外に飛び出て、さてどうしようかと迷いました。
 この煙が自分のせいだとしたら、何かの罰がくだるかもしれません。
 叱られたり、反省文を書かされたり、もしかしたら牢屋に入れられるかも。急に恐ろしくなりました。
 エレベーターを降りた先、さっきのデコレーションのこびとの持ち場には戻れません。自分のしたことがばれてしまうかもしれないし、何よりこびとに合わせる顔がない。
 あたりを見回しました。壁に並んだ白い扉は、きっと材料や器具の倉庫でしょう。そのどこかに隠れてほとぼりを冷ませば、誤魔化せるかもしれない。カタリのこびとはそう思いました。
 ドアの並んだ壁を滑るように歩きます。どこのドアが適当か、見定める必要がありました。なるべく、使わない、出入りの少なそうな扉である必要がある。
 「マジパン」「アザラン」「和三盆」「シュガーパウダー」。ひとつひとつ取り付けられたドアプレートを見て行きます。壁の端の、角の扉に「立ち入り禁止」とあるのを見て、カタリのこびとは迷わずドアノブに手をかけました。

 不思議な部屋でした。何もない小部屋に、カタリのこびとの背丈程のクッキーが並べてあります。ちょうど、ドアくらいの大きさでした。入ってきた方のドアをしめると、工場の喧騒が遠ざかって一気に静かになりました。しばらくは大丈夫。カタリのこびとは思いました。どっと疲れが襲ってきました。さっきの大騒ぎのせいだけじゃない、もうずっと前からの疲れのような気がしました。
「……帰りたい」
 口からこぼれるように言いました。クッキーの中のひとつに目が行きました。あれが本当にドアで、うちに繋がっていてはくれないものか。クッキーの端に手をかけて、内側に引っ張りました。まるでドアを開けるみたいに。

 カタリのこびとの目が見開きました。クッキーのドアが本当に開いたのです。ドアを開けた先には、確かに「向こう側」がありました。右足から一歩踏み出すと、ひんやりとした鉄の床がありました。もう片方の足も踏み込んで、そっとクッキーのドアを閉めました。倉庫の明かりが届かなくなって、真っ暗になりました。

「帰ってきた……?」
カタリのこびとの小さな声が赤レンガ館の小さな金庫に響きました。クッキーのドアをそっと押します。明るい光が漏れて、やっぱりちゃんと「向こう側」、こびと工場の倉庫につながりました。ブザーの音はもう止んでいるようでした。

「困ったら、またここに逃げ込もう」
カタリのこびとがそう思うと、またどっと疲れが襲ってきました。安心したのでしょう。いつの間にか眠っていました。

※  ※  ※

 まぶしい。
 金庫の中で眠っていたカタリのこびとが重い瞼を開けました。夢を見ていたようです。少し昔の、こびとになりたての頃の夢のようでした。右手で瞼を押さえます。朝か夜かも分かりません。あのうるさい校正のこびとがきてからというもの、だんだんと自分の体がうまく動かなくなってき、寝ばかりいるのです。こんこん、と咳が出ました。口の中から黒い粉が出てくるのも。慣れっこになっていました。
 ゆっくりと手を外して、ようやく目を開けると、預かっていた「よいこの証明書」でした証明書が、赤く光っているのです。何事だろうと、手をのばすと

「母さん」

 という声がしました。微かですが、確かに聞こえました。

「さとる!」
 気がついたら、金庫を飛び出していました。高いところから飛び降りた痛みも叶わず、金庫室から建物の出口に向かって一目散に走りました。扉にかかった鍵を内側から外して、目一杯に押して、外に出ると、男の子がひとり、向こう側の道路に走っていくのが見えました。

 追いかけなくては。
 走り出そう、として転びました。ついた手で、道路が黒く汚れました。指先が、炭のように固まってしまっているのです。いやもう、炭なのかも。こんこん、と咳が出ました。
 立ち上がり、今度は転ばないように注意をしました。膝が軋みます。軋んだ関節が、やっぱり炭になって削れていくように思いました。

 男の子の姿はどんどん遠くなり、あっという間に見えなくなりました。
 カタリのこびとは立ち尽くしました。もうどうしたらいいかわからない。そう思いました。

 天を仰ぐと、星が見えました。そのひとつが、ふいに流れたように思われました。白く尾を引いた先の空は、川の向こう側の街です。その明かりの中に、微かに赤く光るものがありました。どこかで見たような、懐かしい光。

 歩き出していました。なぜだかわからなけど、そこに行けばなんとかなる。カタリのこびとは、そう思ったのです。

「赤い炎とカタリのこびと」No.16

このおはなしは、12月の1日から25日まで毎日続く、おはなしのアドベントカレンダーです。

目次
01. ラスト・クリスマス・イブ
02. 大あわてのサンタクロース
03. クリスマス・イブまでの24日間
04. 田中さんの災難
05. 田中さんの仲裁
06. 田中さんの観光
07. 田中さんの焦躁
08.  田中さんの計画
09. 田中さんの行進
10. 田中さんの失態
11. 「続き」
12. 栄転
13.  去年
14. 「帰る」
15.  カタリのこびと
16. 赤光