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【赤い炎とカタリのこびと】#19 おおうそ

※このお話は2023年の12月1日から12月25日まで、毎日更新されるお話のアドベントカレンダーです。スキを押すと、日替わりのお菓子が出ますよ!

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「さとる、こっちこっち」
 発表の終わった悟を春子が手招きしました。孫が気まずそうにうつむいているのを悲しいと思いました。
「緊張しただろ。えらいえらい」
『どうしてあんな作文を書いたの?』と聞く勇気はありませんでした。ただ、この我慢強い孫が、もっとわがままで、欲張りであればいいと思いました。

 春子に預けていたダウンをもらって羽織りながら、やっぱり目を合わせないで、悟が一人で話し始めました。宿題を忘れた言い訳でもするみたいでした。
「かっちゃんたちがさ、作文の発表なんかするの嫌だって言い出したからさ、喧嘩になるのも嫌だからさ」
『かっちゃん』と言うのは悟の小学校の同級生です。確か同じ図書委員で、孫の評価によれば、ひょうきんで、友人が多くて、ちょっと乱暴者の男の子のようでした。
「かっちゃんにも、困ったもんだね」
春子が袖に腕を通した悟を一旦止めさせ、ダウンのジッパーを閉めてやります。孫はジッパーの左と右とをくっつけるのが苦手なのです。学校で脱いだ後、自分で閉めるのに失敗して、上下がずれたまま帰ってくることがよくありました。言動も仕草も大人びた孫に、まだちゃんとできないことがある、ということに安堵を覚えて少し微笑みました。
「ばあちゃん、笑わないで」
 仏頂面の悟が口をへの字に曲げました。できないことを笑われた、と思ったのでしょう。
「笑ってないよ」
 春子が一番上までジッパーを閉めました。首もとのキツくなった悟が「うええ」とうめき声を上げました。
「帰りに、何食べようね」
 小さな孫の手を握ります。あたたかくて、湿っていました。エレベーターに乗ると、すぐ下に、赤レンガ館が見えました。胸がずきんと痛みました。

「かっちゃんがさ」悲し気な春子の顔を見たせいでしょうか。また悟が一人で話出しました。「小学校4年生にもなって、サンタに手紙を書くなんてカッコ悪い、とかいうんだ。大人たちはうそつきだから、サンタなんて、おおうそなんだって言ってさ」
「そんなこと言ったの?」
春子が答えると、悟が鼻息を荒くしました。
「そ、そうだよ! だから、本気で書くのなんてカッコ悪い、読むのなんてもっとカッコ悪い、だから、お前やれって」
「そんなこと?」
春子が真面目な顔をして悟を見ると、悟がまた目を逸らしました。
「いや、いいんだよ! 僕、作文好きだし、こういうのキンチョーしないし。だけどさ、本当に、本気で書くとさ、カッコ悪いって思われちゃうしさ」
「カッコ悪くなんかないよ。カッコよかったよ」
 春子が手を握ったのとは反対の手で、ぽんぽん、と悟の頭を撫でました。1年とちょっと、二人で一緒に暮らしただけで、孫が本当に自分に気を使う、優しい子だということが春子には分かっていました。何か後ろ暗いことがあるとき、目を逸らすことも。孫はきっと、『あんな作文冗談だった』と言いたいのでしょう。自分が、悲しそうな顔をしたから。でも、それで気を使う、ということは、多分あれが孫の本心で、自分には気を遣ってそれを言ってはくれない、ということでもありました。誤魔化されてあげよう、春子は思います。「本当にかっちゃん、困った子だね」返した言葉が、微かに震えました。

「赤い炎とカタリのこびと」No.19

このおはなしは、12月の1日から25日まで毎日続く、おはなしのアドベントカレンダーです。

目次
01. ラスト・クリスマス・イブ
02. 大あわてのサンタクロース
03. クリスマス・イブまでの24日間
04. 田中さんの災難
05. 田中さんの仲裁
06. 田中さんの観光
07. 田中さんの焦躁
08.  田中さんの計画
09. 田中さんの行進
10. 田中さんの失態
11. 「続き」
12. 栄転
13.  去年
14. 「帰る」
15.  カタリのこびと
16. 赤光
17.目的地
18. 「お願いなんかありません」
19. おおうそ