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【赤い炎とカタリのこびと】#20 トナカイ

※このお話は2023年の12月1日から12月25日まで、毎日更新されるお話のアドベントカレンダーです。スキを押すと、日替わりのお菓子が出ますよ!
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 エレベーターを降りて、2階のエントランスホールに着くと、作文を読んだ子どもたちが家族に連れられてばらばらと帰るところでした。「じゃあ、またね」「また明日」仲のいい子同士が手を振り合っては外の階段を降りていきます。
「悟くんも、また!」
ひとりの男の子が元気よく手を振りました。
「さようなら」
悟も控えめに手をふり返します。
「知ってる子?」
春子が悟に聞くと、悟が春子を見上げました。
「友達。学校の。なんで?」
「なんか、丁寧だな、と思って」
「変?」
「変じゃないけど」
悟が小さく息を吐きました。うつむいて、春子を見ないまま話し始めます。
「僕、誰にでも『さようなら』って言うんだ。だって、『またね』って言うと、また会わないといけないでしょ。そんなのわかんないのに、『またね』なんて、言いたくない」
悟がぱっと握っていた春子の手を離しました。
「それより!」
出入り口まで小走りで走って、自動ドアが開くまで待ってから、階段に向かって赤レンガ館を指差しながら飛び出しました。
「僕、昨日さ、トナカイ見たんだよ! あそこ、レンガのとこで!」
「昨日? 」
「……昨日、友達から電話あって、すごいのが県庁の道歩いてるっていうから、こっそり見に行ったんだ」
「『電話あった』って夜じゃなかった? 夜に勝手に家出ちゃだめよ!」
「怖くないよ」
「危ないの!」

「うそつき!」
ホールを出てきたこどものひとりが、階段をおりながら悟に言いました。歯を見せて、走りながらまた大きな声を出しました。
「トナカイなんて、いるはずないじゃん!」
大股で階段を降りていきます。悟は黙って見ています。
「何、今のこ」
春子が言いました。さっきまで孫の外出に怒っていたことが一瞬にして吹き飛びました。
「さっき、中でちょっと話しちゃったんだ」怒って今の子どもを追いかけかねない晴子の服の先をちょっとつまんで悟が小さな声で言いました。「そんなのいるはずないじゃん、って、言われた」
「そんなこと」
「見てないんだから、そう思うよ」
春子がきゅっと口を引き結んで、悟るの手を握りなおしました。一緒に階段を降りながら、道路の右手を指しました。
「今日はでんでんむし乗るよ」

 「でんでんむし」は市内を循環するバスの名前です。ホールは春子の家から歩いていける距離にありましたから、春子について行きながら、悟が驚いて春子の方を見上げました。
「どっか行くの」
「うん」
うなずいて、春子は答えません。何か特別なものでも食べるのかな、と悟は思いました。バス停に着くと程なくバスがやって来て、春子に連れらて乗り込みます。右手に赤レンガ館が通り過ぎました。
 橋を渡って、バスは駅に向かって走ります。
「あ」
 窓の外を見ていた悟が小さく声を上げました。
 並木道に一瞬、昨夜のトナカイが見えたような気がしたからです。
「ん?」
 春子が悟の顔を見ました。窓の外にはもう何も見えません。悟は黙って首を振りました。

「赤い炎とカタリのこびと」No.20

このおはなしは、12月の1日から25日まで毎日続く、おはなしのアドベントカレンダーです。

目次
01. ラスト・クリスマス・イブ
02. 大あわてのサンタクロース
03. クリスマス・イブまでの24日間
04. 田中さんの災難
05. 田中さんの仲裁
06. 田中さんの観光
07. 田中さんの焦躁
08.  田中さんの計画
09. 田中さんの行進
10. 田中さんの失態
11. 「続き」
12. 栄転
13.  去年
14. 「帰る」
15.  カタリのこびと
16. 赤光
17.目的地
18. 「お願いなんかありません」
19. おおうそ
20. トナカイ