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【赤い炎とカタリのこびと】#23 訂正しろ

※このお話は2023年の12月1日から12月25日まで、毎日更新されるお話のアドベントカレンダーです。スキを押すと、日替わりのお菓子が出ますよ!
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「……だれ?」
突然ベッドの下から出てきた炭の粉だらけの田中にびっくりして、毒気を抜かれたようになった悟が言いました。
「誰って」田中が服の黒い粉を払いながら、不機嫌そうに言います。「『サンタクロース』だよ。見りゃあわかるだろ」
春子がそっと後ろに下がって、素早く病室の扉に手をかけました。
「犯罪じゃない!」
田中が慌てて言います。大きな声に気押されたのか、春子が手を止めました。
「こういうものです」
サンタ服の、お尻のポケットから名刺を出して春子に渡しました。『中小企業診断士 田中事務所 田中正直』と書いてありました。しわくちゃになっていました。

「『サンタ』なんて、どうせ偽物でしょ」
悟が後ろから回り込んで田中の髭を引っ張りました。マジックテープが大きな音を立てて剥がれて、白い髭が床に落ちました。
「そうだよ」田中は動じません。「誰だって最初は偽物なんだよ。わかるか、ガキが」
「ガキじゃない」
悟も負けずに応戦します。自分は怒っているんだと思いました。もうひどく前からです。
「あんたが、おじさんなだけだよ」
田中の右の眉がちょっと吊り上がりました。
「そうとも。俺はおじさんだ。お前だっていつかおじさんになるんだ」
「僕は、ならないよ。嘘つきの大人になんてならない」
「最初はみんなそう思うよ。しかし、なる。恐ろしいことに」
「ずっと、ならない!」
「よし」田中が悟の頭を右手で軽く押さえて、しゃがみ込みました。寝不足の真っ赤な目で悟の目を見て言いました。「じゃあ、今の訂正しろ」
「『おじさん』ってこと?」
悟が嫌そうに頭を後ろに反らせました。田中は離しません。今度は両手で悟の両頬を押さえました。
「違う。『お母さんなんて帰って来なくて良かったんだ』の方」
悟がじろりと田中を睨みました。田中もじろりと睨み返します。
「今のは、嘘だ。サンタのおじさんにはわかる」
「僕は……」悟が言い返そうとして、言い淀みました。ぎゅっと手を握って、泣き出しそうな声で続けました。「……お母さんなんて嫌いなんだ。嘘つきだから」
「大人が嘘をつくのは」田中が右手を悟の頬から離して、おでこから後ろに向かって、悟の頭を撫でました。「無理そうなことでも、本当にしようと、一生懸命頑張るからだ」
「……帰ってくるなんて、嘘ついて」
さっきと違って、消えそうな声で悟が言いました。しゃくり上げるような声が混じります。田中が悟の背中に手を回して、肩を軽く抱きました。
「どんなになさそうでも、帰ってこようと思ったんだよ。本当にするつもりだったんだ。できなかっただけだ」
「帰ってくるって、言ったのに」悟が鼻をすすります。田中に肩に体重を乗せて、吐き出すように言いました。「……戻ってきて。お母さん」顔を上げて、ベッドに眠る母親の顔を見ました。「起きて、お母さん! 戻ってきてよ!」

「そう! それです!」
ベッドの下で、校正のこびとが叫びました。羊皮紙の上に四つん這いになって、証明書の一文字一文字に貼り付いているところでした。「よし」と小さく言って、膝立ちになって、黒炭になった右の人差し指で単語のひとつを一気に線で消しました。
「直します! 最後の校正です!」

「赤い炎とカタリのこびと」No.23

このおはなしは、12月の1日から25日まで毎日続く、おはなしのアドベントカレンダーです。

目次
01. ラスト・クリスマス・イブ
02. 大あわてのサンタクロース
03. クリスマス・イブまでの24日間
04. 田中さんの災難
05. 田中さんの仲裁
06. 田中さんの観光
07. 田中さんの焦躁
08.  田中さんの計画
09. 田中さんの行進
10. 田中さんの失態
11. 「続き」
12. 栄転
13.  去年
14. 「帰る」
15.  カタリのこびと
16. 赤光
17.目的地
18. 「お願いなんかありません」
19. おおうそ
20. トナカイ
21. 真っ赤なニセモノ
22.  大嫌い
23. 訂正しろ