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エッセイ 洗濯という選択(#休日のすごし方)

 休日は晴れている方がいい。洗濯物がよく乾く。
 新しくできた店を見に行きたいとか、桜を見に散歩に行こうかとか、色々やりたいことがあっても洗濯物が優先だ。早くしないと乾かないから。

 控えめな洗濯機だ。できることなら二回はしたい。欲を言うなら大物でもう一回。シーツを一枚洗えれば、夜気持ちよく眠れる。(干し切れるかはかけです)

 一回の洗濯はだいたい45分。三回で2時間と少し。回している間に朝ごはんと掃除を済ませられるといい。

 マフラー(ウールを縮ませた)、トレーナー(柔軟剤で変色した)、ストッキング(中で絡んでボロボロになった)、私が洗濯物で犠牲にした衣類は数知れない。冬物は特に危険だ。私は現在、セーターを持っていない。自分の能力で洗えないもの、注意力で洗い損ねそうなものは極力持たないようにしている。おかげで他人から見れば眉をしかめられそうな味けないクローゼットの中身だが、自分がコントロールできる上限をやっぱり意識しなくてはいけないと思う。それは生活全般に言えることだ。靴の数、鞄の数、文房具の数。大事に持てる物の数は人によって上限があると思う。そしてその上限が、私はとても低い。壊れにくいものをほんの少し、が、わたしの物の持ち方で、洗えるものをほんの少し、が私のワードローブである。

 通勤服は一週間分なく、毎日洗ってはアイロンをかけている。それでも休日は特別な洗濯で、石鹸で衿や袖を綺麗に洗い直す。多少面倒でも、洗い上がりのさっぱりした様子を思い出せば、なんのことはない。手ぬぐいなんかも汚れがあればついでに石鹸で擦る。石鹸は出すまでが面倒だけど、出して仕舞えば使わないと損、みたいな気持ちになる。

 今週は会社から膝掛けを持ち帰ってきたので、それも洗う。膝掛けは、決して綺麗な物ではないと思う。なんだかんだ自分の汗を吸っていると思うし、あんまりしょっちゅう洗わない。冷え性で、かけながら仕事をしているので、席を立つ時に椅子の背もたれに一時的にかけたりすると、何かの弾みで床に落ちたりして。落ちたのに気がついた通りすがりの人が拾ってくれたりしようなものなら、「そんな汚らしいもの、触っちゃダメです!」と言いながら、慌ててもらいに走る。拾った方は大抵きょとんとするか、困った顔になる。でも本当に綺麗な物ではないと思うんだ。そんなものを使っている私も私だけれども。

 洗濯物は、ベランダで干す。物干し竿は手前と奥(建物の外側)に二本ならんだタイプである。怠け者なので、窓から手の届く手前側になんでも干しがちだけれど、休日は両方たっぷり使う。奥側には衣類。手前にはシーツ。風で揺れると引っかかるので、ベランダで育てている鉢物を左右にずらす。

 シーツを干した日は、部屋にカーテンが一枚増えたような気持ちになる。窓の外がスクリーンで仕切られて、時折光で揺れて、海の中みたいだ。全部干し切ったらお茶を入れる。海の中のお茶会だ。

 その日の用事にもよるけれど、私はこの後、大抵一旦寝てしまう。2時間毎に眠くなるものだから、本当にちょうど眠くなる。朝の仕事を終えた、という充足感でふくふくして、シーツの光が揺れる部屋の中で眠る。本当に海みたい。

 目が覚めればもう昼前頃にはなっている。何か作るもよし、食べに行くもよし。大きめな家事をしたので、安心して出掛けることができる。「自分はちゃんとやってるぞ」みたいな。時計を見て、できれば4時には戻ってきたい。眠くなってしまうからと、あたたかいうちに洗濯物を取り込みたいから。

「3時を過ぎるとしぐれてきちゃう」母が洗濯物を取り込むときによく言っていた。小さい頃は「冷えて冷たくなる」ということだろうとなんとなく思ってみたが、辞書的には「時雨る」で小雨が降ったりするようなことを指すようだ。母の家の家族的な言葉か、方言なのかも知れない。辞書的にはおかしいと分かってはいても、3時を過ぎるとしぐれる、と私も焦りながら洗濯物を取り込む。干してある全部がからりと乾いていればよく干せた日、縫い目に湿気が残っていたり、全体が冷えて湿気がつき始めていたらそれなりの日。

 人それぞれだと思うけれど、私は夕方が一番眠い。洗濯物のハンガーを外す元気がある日とない日がある。あるならそのように、ないならないなりに、こんもりアイロン台の上においておく。お茶を飲んで、また眠る。あとのことは一休みした後の自分がやる。洗濯は一日かかる長い家事だ。眠って、起きて。自分が何人もリレーをしてるみたいな気持ちになる。

 ノリを聞かせたシャツが明日の通勤かばんの隣に並ぶ頃にはもう寝る時間だ。そこまでできない日もあるので、綺麗に並んだ日は上出来である。ちゃんと洗濯した自分に満足してお風呂に入る。良い休日だったな。たくさん働いた。お風呂肩まで沈み込む。すっかり温まって部屋に戻れば、洗い立てのシーツが待っている。

エッセイ No.112

#休日のすごし方

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