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ショートショート 人差し指と小指を立てて

 ブザーが鳴った。オーディエンスが静まり返る。
 誰も俺の実力を知らない。俺だってまだ自分がルーキーだってわかってる。ドラムに視線を動かす。小さく頷きあう。

 首を上下にふりながらいつものビートを刻む。ドラムと俺の視線上にベースが割り込んでくる。陽気に、必要以上に体を揺らして、緊張してる俺を笑う。うるせえよ。ていうか、お前のベース、位置が下すぎなんだよ。

 歌い始める瞬間はいつも胸がはちきれそうだ。いや、はちきれてるのかも。はちきれた、胸の中身を口から出しているだけなのかも。マイクを握って、うつむきながらそんなことを考える。

 声を出すと、客が一斉にこちらを見た。ベースが笑う。緊張してる。恥ずかしいとベースは鼻の下を指でかく。興奮したドラムがほんの少しリズムを早める。いいね。のってきてる。何人かの客が歓声をあげる。俺は指をさして笑い返す。突然ベースがぶつかってきた。なんだよ。肩で入口の方を示してる。

 あの娘。

 あの娘が来てる。リズムに乗り遅れた。ベースにつつかれあわててマイクを握りなおす。声を、胸のうちを--。

「掃除しろ。」
後ろを振り向くと、担任が立ってた。ドラムがそ知らぬ顔で机を運びだした。いつの間にかベースはいなかった。
「ほうきはおもちゃじゃないぞ。」
いつもの説教にむっとする。
「おもちゃじゃなくて、相棒す。」
毅然と答えた。担任はちょっと困った顔をした。遠くでドラムがくすくす笑ってる。「はいはい。」担任が教室を出て行く。「掃除して掃除して。」

 ステージがあっという間に教壇に戻る。オーディエンスが床をはいてる。ベースどこ行きやがった。くすくす、まだ笑い声がする。ドラムのやつ。いや、違う。入口?

 教室の入口にまだあの娘が立っていた。俺を見て笑ってる。顔が熱くなった。今までにないくらい胸がぱんぱんにはりつめた。声が出ない。左手でぎゅっと箒の柄を握りしめた。右手を握った。人差し指と小指を立てて、あの娘に高く差し出した。
 あの娘は笑うのをやめた。不思議そうに俺を見てる。それから、右手を高く差し上げた。人差し指と、小指を立てて。

ショートショートNo.38

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