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【赤い炎とカタリのこびと】#17 目的地

※このお話は2023年の12月1日から12月25日まで、毎日更新されるお話のアドベントカレンダーです。スキを押すと、日替わりのお菓子が出ますよ!
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 赤レンガ館を飛び出したカタリのこびとは、川向こうに見えた赤い光の方に歩き出していました。膝がきしむのも咳が出るのも、お構いなしです。

 短い足です。すぐ近くの橋を渡るだけでも一苦労でした。時折走る車が地震のようにコンクリートに響きます。つま先が地面に触れるたび、引っかかるような感触がありました。シュッシュッ、とその度に音がします。炭に変わってしまった足の先が、地面と擦れて削れていく音でした。

 背中に何か柔らかいものが触れました。湿った空気が頭の上を掠めました。服の後ろを摘ままれて持ち上げられます。視線がぐんと高くなって、柔らかいところにそっと落とされました。柔らかい、人の手でした。
「見つけた」
 手の持ち主がカタリのこびとを見下ろしながら言いました。数日前にこびと長に派遣された人間の田中でした。
「無理に歩くなよ。体が削れるぞ」
怒った様子でそう言って、隣を歩くトナカイの頭を撫でました。
「まあ、そのおかげで、こいつが見つけてくれたんだけども」
トナカイが嬉しそうな顔をして、それからべろりとカタリのこびとを舐めました。
「鼻がいいの?」
カタリのこびとが舐められてついた涎を拭きながら言いました。
「いや。なんか、味で見分けがつくらしいですよ」
田中の頭のから校正のこびとが顔がのぞきました。手を振ってきたその先が、真っ黒に変わっていました。
「僕の手を舐めて参考にしたんだそうです」
「怖」
「うん。僕も怖かったですね」
「で、どこ行くの?」
田中の手が持ち上がって、カタリのこびとの目の前に田中の顔が見えました。左の眉毛が吊り上がっていました。
「あそこに」
カタリのこびとが南東の空、駅の方を指しました。
「あそこ? 何があるの?」
「わかんないけど、なんか赤い光が」
田中の眉間に皺がよりました。目玉がぎょろりと飛び出て、すぐに引っ込みました。
「赤い光なんて見えないけど」
「僕にも見えませんよ」
カタリのこびとが尋ねるより早く校正のこびとが言いました。
「でも、『ここ』じゃない?」
田中がカタリのこびとを載せた左手を動かさないように注意しながら、ポケットをゴソゴソ探ります。スマートフォンの強い光が、カタリのこびとを照らしました。画面には地図が写っていて、青い丸印から青い点々が南東の赤い丸に向かって伸びていました。

「病院?」
「『国枝、悟(さとる)』って子知ってる?」
カタリのこびとがはっとして田中の顔を見ました。
「すごい! あたりですね!」
校正のこびとが大きな声を出して、カタリのこびとに睨まれました。
「君が閉じこもってた銀行の隣に博物館があってね」田中がポケットにスマートフォンをしまい直して、これ以上校正のこびとが睨まれないように、カタリのこびとの上を右手で覆いながら続けます。「そこで、子どもたちの手紙の展示があったんだ。これ」今度は左手を高く持ち上げて、右手で左のポケットを探りました。一緒に持ち上がったカタリのこびとと目のあった校正のこびとが「ひい」と小さく言いました。
「あった。これの」田中がポケットから丸まった証明書を取り出しました。同時に左手が元の高さまで下がり、それを見た頭の上から校正のこびとがカタリのこびとに向かってあかんべえをしてみせました。
「『これの』」しかめ面のカタリのこびとに田中がゆらゆらと証明書を振って続けます。「話とおんなじこと書いてた子がいたんだよ。『国枝悟』くん。この子とおんなじ苗字の人が、去年のイブに、東北自動車道で事故を起こして入院してる。まだいればだけど。『国枝聡子』さん。珍しい苗字で助かったね」
カタリのこびとは真っ直ぐ田中を見たまま黙ってしまいました。田中が困ったように笑って、ぽんぽんと右のポケットを叩きます。
「魔法の道具があるからさ」
カタリのこびとが右手で頬を触りました。涙が出ていました。田中がゆっくり右手を頭の上まで持って行って、校正のこびとの横にカタリのこびとを置きました。
「せまい」
とカタリのこびとが言おうとして、言葉がぐにゃりと崩れて引っ込みました。それから、わあわあ、声をあげて泣き出しました。
「実際道具だけなら、俺らも魔法が使えるようなもんだよね」
田中がポケットに両手を突っ込んで歩き出します。赤いピンの示す方へ、真っ直ぐです。「ネット通販で頼めばさ、明日までには届くかもよ。河童のお皿も」カタリのこびとが泣いているのを、まるで知らないみたいでした。ふう、とため息を漏らして小さく付け加えました。「まあ、本当にお皿が欲しいならなんだけど」。

「赤い炎とカタリのこびと」No.17

このおはなしは、12月の1日から25日まで毎日続く、おはなしのアドベントカレンダーです。

目次
01. ラスト・クリスマス・イブ
02. 大あわてのサンタクロース
03. クリスマス・イブまでの24日間
04. 田中さんの災難
05. 田中さんの仲裁
06. 田中さんの観光
07. 田中さんの焦躁
08.  田中さんの計画
09. 田中さんの行進
10. 田中さんの失態
11. 「続き」
12. 栄転
13.  去年
14. 「帰る」
15.  カタリのこびと
16. 赤光
17.目的地