巨乳が先か、貧乳が先か?

 競馬関連の調べ物をするためWikipediaを眺めていた時、田端到さんのページに「『貧乳』という言葉の考案者でもあり、テレビブロス誌上で最初にこれを使った」と書かれていたので、「どういうことだろう?」と思って調べてみました。田端さんのブログによると……

「貧乳」って言葉、ありますよね。あれ作ったの、たぶん、ぼくです。

 どうだ。これは自慢になるのか、自慢にならんのか、微妙なところ。まさかここまで世間様に浸透する単語になろうとは。

 最初はテレビ情報誌に書いたんですよ。「TVブロス」なんですけど。当時はそっち方面の雑誌でたくさん仕事をしていて、連載も持っていたから、タレントさんをいじるコラムの中で、なにげなく使った。すでに「巨乳」という言葉はあったけど、その反義語は「小乳」とか「微乳」とかしかなくて。

 もっと貧乏くさい、幸の薄い感じだよなあと「貧乳」にしてみました。「豊かなおっぱい」の反対は何だろうと考えて、「貧しいおっぱい」という言葉が出てきたのもありました。

 最初に使ったのは葉月里緒菜に対して、95年か96年だと思います。

 それで2回ほど使ったら、今度はその雑誌の読者コーナーに「貧乳」を使ったお便りが載るようになって。

 あとはじわじわと、私のあずかり知らないところで広がっていった模様です。決定的なブレイクは、仲間由紀恵の「トリック」だろうけど。

王様の「秘密の参謀本部」:貧乳の語源

だそうですが……。これを読んだとき、正直なところ「あれ、この言葉って、もう少し前(1990年代前半あたり)から使われていなかったっけ?」と思ったんですよね。ということで、国会図書館デジタルコレクションで調べてみました。

 「貧乳」で検索すると、1950年代から酪農業界で「痩せ衰えた乳牛」も貧乳と呼んでいた例が見受けられました。……が、そういう用例を無視して、現在と同じような「女性の小さなバスト」という意味合いでの「貧乳」という言葉を探していくと、それがちょくちょく見受けられるようになったのは1965年頃でした。……って、え、それ、いくら何でも想定より前すぎるよ!

 というのは、現在のところ発見されている最古の『巨乳』という記述って、『平凡パンチ』の1967年8月28日号に掲載されたコラムなんですよ(参考文献:太田出版『巨乳の誕生-大きなおっぱいはどう呼ばれてきたのか』安田理央)。

現在のところ発見されている最古の「巨乳」(『平凡パンチ』1967年8月28日号のコラムより)

 つまり1965年に「貧乳」という言葉が存在したということは、「『貧乳』は『巨乳』(今のところ1967年初出)よりも歴史が古い」ことになるわけですが、それってどういうこと? ……とか思って、検索結果をより詳しく見てみたところ、とりあえず確認しうる最古の「貧乳」は1959年に刊行された『性医学ノート 』という本に書かれた以下の記述でした。

ともあれ、あついので、はだかとなると肉体が露出し、それだけ目につく部分が多くなる。それがすべて人間の欲情と結びついているだけに始末がわるい。まず女性のオッパイである。このオッパイもはだかとなるうとイミテーション? がきかないので貧乳族にとってははだかがこわく、何とかごまかしてはいるが、おししばらくだなア、俺は待ってるぜ、と、ぽんとやったとたんにイミテーションのオッパイがくるりと向きをかえて、背中に自らを発見した、などと気の毒なものである。

国会図書館デジタルコレクション『性医学ノート』 ※要利用者登録

 まぁ、この本は他の「貧乳」関連書物と比べて刊行が早すぎるので、とりあえず例外扱いとして、一旦おいておきますが……。その後、1965年頃に講談社の『婦人倶楽部』という雑誌に「貧乳」という言葉が頻発するので、その記事をパラパラ見ていたところ、46号で気になる記述を発見。

一般にやせた方、背の高い方、神経質な方、精神労働精神労働をする方は貧乳のことが多いようです。(略)どんな方法でもうまくゆかない貧乳には、豊乳手術で人工的に魅力をつくることもできます。

国会図書デジタルコレクション『婦人倶楽部』46 ※国会図書館限定送信・太字は筆者による

 この記事から推測するに、もともと、女性の大きなバストをあらわす「豊乳」という言葉があって、「貧乳」はその反対語として生まれたのではないかと思えるのですよね。実際、「豊乳」という言葉は1958年頃(先述の『性医学ノート』が刊行される少し前)から『週刊明星』『週刊平凡』といった雑誌の、美容整形系の広告で多く見ることができました。

とか、そんな感じですが、まとめると

女性の大きなバストを表す言葉として、『豊乳』という言葉が誕生(1950年代後半?)
 ↓
1960年代半ば、主に女性誌において、『豊乳』の反対語として『貧乳』という言葉が一般的に使われるようになる
 ↓
『ボイン/ナイン(1967年~)』とか『デカパイ/ペチャパイ(1970年以降?)』によって『豊乳/貧乳』が駆逐される(……この記事を書き始めた段階ではこのように思っていたのですが、書いているうちに「そもそも『豊乳/貧乳』って、主に女性誌の美容系の広告だけで使われていた言葉で、一般的に普及していた訳ではなかったのでは」という気もしてきました。ということで、ここはナシかも)
 ↓
1989年に、松坂季実子さんによって『巨乳』という言葉が一般化
 ↓
その後、『巨乳』の反対語として『貧乳』という言葉が再び考案される

といった感じなのかな~。

 あ、余談ですが、デジタルコレクションで調べた限りでは、「『巨乳』の反対語としての『貧乳』」は、1990年に『巨乳ハンター』という漫画に関する雑誌記事の中で使われていたのが最古でした。田端到さんや、「貧乳の提唱者」として名の挙がることが多い杉作J太郎さんが使い始める以前にも、用例があったって感じですかね。



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