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人間らしさとカニ

私が住む町は比較的海が近くにある。

海と言っても日本海や太平洋の大きな海ではなく
瀬戸内海であるが、
そのおかげか時期になるとあちこちに
カニが歩く姿が見られる。

特にこの暖かくなる時期は虫たちと同じように
カニも動き出すらしく、
残念ながら道端で車に踏まれてしまった
カニを時折見かけるようになる。

先日娘と散歩に出かけた際にも
そのような哀れなカニが道端にあった。

娘は興味深げにそれを観察し、
可愛そうだから元いた海に
戻してやろうと言い出した。

幸いその場所は我が家のすぐ近くだったので
花壇のところに置いていたスコップでカニをすくい
海につながる川にそれを戻してやると
娘はとても清々しい表情でこう言った。

「これでカニ同士も『陸に出たら危ないで』って
教えることができるな」

「うん、そうやな」と私がほほ笑んで返せば
微笑ましい休日の光景になることは
百も承知しているが、
今年から小学生になる娘には正しいことも
教えてやらなくてはならない。

「カニはお互いに話はしないよ」と
娘に伝えることにした。

ヤシガニなどが発する音が
お互いのコミュニケーションツールに
なっているという話も聞いたことがあるので
厳密にいうとこの情報は正しくないのかもしれない。

だが、少なくとも絵本でよくあるように
生き物を擬人化をして、私たちのような
言語を通した複雑なコミュニケーションを
取ることができないことは教えておきたいと
思ったのである。

すると娘はこんな疑問を投げかけてきた。

「じゃあ、カニはどうやって相手に好きっていうの?」

まさか恋愛に話が及ぶと思っていなかったので
少し戸惑ったものの、
ここで擬人化してしまっては元も子もない。

カニはオスとメスが出会ったら
相手に好きと言わなくても結婚して
卵を産むのだと教えることにした。
(「結婚」だけ擬人化して教えた理由はお察し頂きたい)

甲殻類は魚のようにメスが持った卵に
オスが精子を振りかける方式ではなく、
明確な交尾をすることが知られている。

ザリガニやサワガニなど比較的ポピュラーな
甲殻類においても
成熟したオスメスをペアでいれると、
すぐに交尾をし始める。

いうまでもなく、そこに恋愛感情はない。

甲殻類は比較的行動力がある生き物なので
陸上でも水の中でも
劇的に群がって生活はしない。

それゆえに、出会ったタイミングで交尾をしなければ
子孫を残すことが難しくなってしまうのだ。

カニの恋愛に言葉などのコミュニケーションは
必要ないのはこのためである。

娘にこのあたりの内容をかいつまんで説明すると
何だか少しがっかりした様子であった。

6歳とはいえ、娘にとってみれば
恋愛はとても興味のあるトピックである。

考えてみれば女の子が好きなディズニーの
プリンセスには必ずと言っていいほど
王子様やパートナーが存在する。

そして、そのストーリーには必ず
恋愛感情を含んで描かれている。

人間ほどこんなにも恋愛感情を
一種のエンターテインメントとして
楽しむ生き物はいない。

それゆえに娘にしてみれば
カニの恋愛事情はとても淡白でつまらないものに
思えたのであろう。

娘もこの4月から小学生になる。

昨日から学童に通い始めて
新たな出会いを既に楽しんでいるが、
恋愛に限らずこうして新たな出会いを
楽しむことができるのは
人間ならではの特性である。

4月は新たな出会いの季節。

ある意味、最も私達が人間らしく
いられる時期なのかもしれない。

娘に負けず、私も新たな出会いを
楽しんでみようと思う。

ちなみに我が家ではサワガニも
ザリガニも以前に飼育していたが
(ザリガニは現在進行中)
不思議と家で飼っているときには
娘は今回のような疑問を持つことがなかった。

あまり近くにいすぎると
逆に疑問を抱かなくなるのも
人間らしい性質なのかもしれない。





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