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鈴木秀之のノート。

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(令和3年3月14日〜)
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2024年2月の記事一覧

見聞きして知ることができたとしても。

見聞きして知ることができたとしても。

(今回のブログではゲーム内容に関するねたばれがあります。)

昨日のブログでは、インターネットでは、
通常では出合えないような遠くの人同士と
会話及びメッセージのやりとりができたり、
その人の日記などを読むことができる、
もしくは、たくさんの情報を
瞬時に知ることができるのが、
すごい! というのを申しあげました。

そしてまた、このこと以外にもね、
インターネットすごい! って思えるのは、
情報

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「たこつぼ」と知ること。

「たこつぼ」と知ること。

インターネットって、すごい!
ってゆうのはいつも思っている。
何がすごいかと思うならば、
通常では出合えないような遠くの人とでも
会話やメッセージのやりとりができる、
みたいなことも考えられるし、もしくは、やっぱり
たくさんの情報を入手できることだなあ〜。

現在41歳のぼくが中学生高校生だったころには、
インターネットはまだ一般的じゃあなかった。
なので、たとえば、
聴きたい音楽の情報を知ろうと

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少しの痛痒も感じない。

少しの痛痒も感じない。

このごろの読書では、岡真理さんの著書
『ガザとは何か パレスチナを知るための緊急講義』
を読んでおります。今のところは書籍のうちの半分の
「第1部」までを読み終えました。

「ガザ」について、及び
「パレスチナ問題」について、ぼくは恥ずかしながら
まったくと言ってよいほど存じない。
興味が無いわけではない、とは
じぶんでは思ってはいるものの、
やはり、むつかしいと感じてしまう。
岡さんの書籍『ガザ

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対岸の「虹」に気づく人。

対岸の「虹」に気づく人。

前回noteでは、「対岸の火事」という
ことばについてしるしましたが、今回もまた
さらにもうすこしだけ考えることをしるしてみたい。

前回では「対岸」によって、
つまり、ある距離によってへだてられた
「あちら側」で起きている出来事について、
「対岸の火事」ということばのごとく、あらゆる状況で
「こちら側」でも安全と言えるのか? もしくは、
「あちら側」で起きている出来事とは、
ほんとうには何が起き

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「対岸の火事」のごとく。

「対岸の火事」のごとく。

じぶんにはまったく関係のない出来事であることを意味する
「対岸の火事」ということばがあるけれど、
このことばって、比喩として
うまいことできているなあと思える。

つまりはさ、「対岸」とは
こちら側とむこう側が、川などの
「水」によってへだてられていて、そして
「火事」とは「火」なのだから、むこう側の火は
そのあいだには水があるからこそ、
こちら側へと来ることができない。
はたまた、そんな、大変な

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体育祭と知恵と全てをあなたに委ねてる。

体育祭と知恵と全てをあなたに委ねてる。

先日、音楽のWEBニュースとして存じたのは
今年デビュー30周年の「TRF」が、過去の各ライブ映像作品を
毎週1作品ずつYouTubeで期間限定公開を行うとのことでして、
このごろはね、このYouTubeでの配信及びSpotifyで
TRFの音楽をいろいろ聴いているの。

現在41歳のぼくは、とくに10代のころ
当時の表記はアルファベット小文字の「trf」の音楽を、
よく聴いていたですが、初めて聴

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世界の成り立ちと慰めになるから。

世界の成り立ちと慰めになるから。

昨日のブログでは、学校の勉強には
価値があるかないか、というようなことについて
考えていたことをしるしました。
ぼくが考えるのはね、学校の勉強、とくに
小中学校の義務教育における勉強には、
まったく価値が無いとは言い切れない、つまり、
価値がある、と思う。

国語も、算数(数学)も、理科も、社会も、そして
英語(外国語)も、はたまた
副教科とされる各教科においても、これまでの
人類が築いてこられた

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学校の勉強には価値があるのかどうか。

学校の勉強には価値があるのかどうか。

ぼくは現在、パートタイマーで
市内の学習塾にて小中学生の生徒さんたちを教える
塾講師のお仕事をしているのですが、
そんなような、今は塾講師として勤めているぼくも
ぼく自身が小中学生だったころは、
学校の勉強が嫌いだったな。
なので、でも、まったく
勉強してなかったわけでもないと思うけど、
勉強をした記憶もあんまりないし、そういうぼくが
本当に塾講師をしていて良いのかどうか?!
というのはわからない

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ことばには「力」がある、と言うことができるか。

ことばには「力」がある、と言うことができるか。

前回noteでは、ことばの持つ「力」について
考えたことを記していたですが、そのブログの中では
【ことばとは、基本的には
 だれしもが利用できる、いわば
「オープンソース」のようなものなのだから】
とも申したけれども、ここでぼくが
【基本的にはだれしもが利用できる】
と記したのは、たとえば、身体及び精神の障害によって
言語を使えない、もしくは、
乳児は言語を話すことができない、さらにまた、
幼児及

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ことばの「力」について。

ことばの「力」について。

ぼくもこうして、日々、
ことばを話したり記したり、もしくは
ことばを聞いたり読んだりしているけれども。
とは言っても、あらためて考えてみると、
ことばとは何か? ってゆうのはよくわからないな。
ことばとは、ことばである、
というぐらいしか言えない、と申しますか。

「ことばには力がある。」
というふうに言われることもあるとも存じますが、
ぼくには、そういうような
ことばには「力」があるかどうかとい

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「目的化」しているのではないか?

「目的化」しているのではないか?

先日はね、田中泰延さん・直塚大成さん共著
『「書く力」の教室』を読みました。
この書籍では、プロのライターを志す直塚さんが
ライター田中さんのもとへとお弟子入りをされて、
ライティングの全スキルを学ぶ、という内容なのですが。
ぼくはライターを目指す者では無いけれども、でも、
「文章を書く」とは何か? ということを、
直塚さんが学ばれる様子を垣間見ながら、
ぼくも一緒になって学び考えるのごとくの読書

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『まっくろ』と静かな熱中について。

『まっくろ』と静かな熱中について。

先日、市内の図書館で借りてまいりました
作・高崎卓馬さん/絵・黒井健さんの
絵本『まっくろ』を読みました。

この絵本を知ったきっかけはね、昨年末、
WEBサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」で連載されておりました
役所広司さん×糸井重里さんの対談
『忘れかけていたことを思い出すように。』にて、
映画『PERFECT DAYS』の共同脚本である
高崎卓馬さんが手がけられた絵本として、
糸井さんがお話しされ

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「ハマる」も「飽きる」も良くも悪くも。

「ハマる」も「飽きる」も良くも悪くも。

前回noteでは、ぼくは今、先月発売なされました
Nintendo Switch用ゲームソフト
『不思議のダンジョン 風来のシレン6 とぐろ島探検録』をね、
日々、プレイしていることを申しあげましたが、
まあ、言うならば『シレン6』というゲームに
「ハマっている」ということよね。

「ハマる」ということばって、案外、
「それが好き」的な良い意味として使われるような
イメージもあるけれど、また、この

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ゲームのおもしろさ。(探検と戦略とリスクとリターンと。)

ゲームのおもしろさ。(探検と戦略とリスクとリターンと。)

(今回のブログではゲーム内容に関するねたばれがあります。)

Nintendo Switch用ゲームソフト
『不思議のダンジョン 風来のシレン6 とぐろ島探検録』、
発売日より約三週間が経ちまして、じぶんなりにね、
日々プレイをつづけております。

先日のブログで申しましたときからは、
ストーリークリア後の持込可及び持込不可のダンジョンを
いろいろ挑んでおりまして、昨日はね、持込不可の
【ヤマカガ

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