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第91話「世の中はコインが決めている」

 縁日かざりが部屋までやって来たときのことを語ろう。

 露子から居場所を聞いて、縁日かざりは朝早くから出かけた。同時刻、露子が僕に連絡を入れた。ハナちゃんは深夜から朝方まで、縁日かざりのマンションを見張っていた。

 その後、途中で切り上げてスナックに戻ってソファで一休みをしていた。

 まさか、縁日かざりが早朝から出掛けると思わなかった。それで僕たちは安心していたのだ。何故なら、彼女にスナックの場所を特定されていないと思っていたから。

 だが実際は、縁日かざりを見張っていた正論くん、ハナちゃんを見張っていた二人を見張る人物が居た。縁日かざりから見張るように頼まれていた、何も知らない麻呂露子だった。

 そして、縁日かざりは狛さんが一人で居る部屋を訪れた。部屋のチャイムが鳴ると、すでに狛さんは起きていた。狛さんはハナちゃんが帰って来たと思って、普通に玄関のドアを開けた。

 ドアを開けた瞬間、見知らぬ女性に驚いたそうだ。何故なら、僕たちは縁日かざりの顔を教えてたわけじゃなかったからだ。

 狛さんにとっては、見知らぬ女性が訪ねて来たと思う。だけど、早朝から人が訪ねてくるだろうかと疑問に思った。狛さんは咄嗟に身の危険を感じてドアを閉めようとした。

 だが、時すでに遅く、縁日かざりが狂気の顔で迫って来た!!

 狛さんは部屋の奥へ逃げたが、縁日かざりは手を伸ばして狛さんの髪の毛を掴んだ。必死に抵抗をしたが、尋常じゃない腕力で縁日かざりは狛さんを押し倒して、馬乗りになるのだった。

 髪の毛を掴んだまま狛さんを床へ押し付けると、右手に持っていた包丁を躊躇なく腹へ突き刺した!!!!

 何度も何度も繰り返し、縁日かざりは狛さんの腹を突き刺したという。

「酷い……そこまでやる」とハナちゃんは想像したのか、痛そうな表情で呟いた。

「お腹に何度も包丁を刺されているのがわかったわ。でも、何度目かに刺されてるとき、私は自分に起きた異変に気が付いたの……」と狛さんが切なそうに言った。

 狂気の顔で襲っていた縁日かざりも、その異変に気付いた。手に持った包丁を見つめたあと、一気に顔が青ざめていく。

 馬乗りの状態から後ろへ倒れ込むように離れると、仰向けの狛さんを見て歯をガタガタさせていた。

「驚くのも無理はないわよね。私だって、自分に起きた異常な状態を理解するのに時間がかかったわ。だってそうじゃない。包丁で刺された箇所から何も出なかったのよ!」

 まさに異常な自体が起きていた。普通、包丁で腹を刺されたら、本来は出血するのが当たり前だ。

 だけど、狛さんの腹は無傷だった。ただただ突き刺した跡だけが残った状態になり、当の刺された本人は生きていた。

 きっと、縁日かざりは驚愕したに違いない。もしかしたら、手に持った包丁を確かめたかもしれない。でも、包丁に血など付着してるわけでもなく。刺された本人はケロッとした顔で、起き上がると縁日かざりを見た。

 ある意味、人生で一番の恐怖が襲っただろう。理解することもできなければ、冷静に受け止めることもできない。

 そして狛さんは上着を捲し上げて、包丁で刺された腹を見せていた。次の瞬間、縁日かざりの心は折れてしまった。

第92話につづく

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