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どうしているだろう

X君は小学校高学年の時同じクラスになった。知的障がいがあり図工や体育、HRなどは一緒だが、他の教科は支援学級で勉強していた。ニコニコと笑顔を絶やさない。友達や生き物に優しい。掃除や日直も真面目に一生懸命やっていて、あんまり障がいを意識することはなかったように思う。

ある日のこと、クラスの一人の男の子が自分の消しゴムがない、と騒ぎ出した。消しゴムといっても、当時流行っていた「スーパーカー消しゴム」である。絶対字が消せない、スーパーカーの形をした消しゴムで、大人気だった。学校によっては持ち込み禁止になったところもあったようだが、私のいた学校は「消しゴム」なので一応OK、ただ、授業中遊んでいると没収というルールだった。

みんなで探す事になった。が、どうもX君の様子がおかしい。明らかにソワソワしている。というか、正直なので、彼の考えている事は全部挙動に現れる。先生もピンときたようであった。

「なあX君、正直に言うて。〇〇君の消しゴム持ってへんか?」先生が優しく尋ねると、X君は「持ってへん!」と強く言った。俯いて、目を合わせようとしない。

クラス全員がこの返事を聴いてX君の仕業だと確信した。でも皆黙っていた。しまいに白状するだろう、という雰囲気だった。しかし長い時間X君は黙りこくっていた。

すると、X君の隣の席の▲君がニコニコしながら「あっ!X君の顔に『僕が取りました、ごめんなさい』って書いてある!ほら、ここに!」とX君の頬を指差しながら大きな声で言った。

X君はやおらハンカチを取り出した。顔をゴシゴシこする。大変焦っている。みんなクスクス笑いだした。先生がここぞとばかりに言った。「X君は正直やさかい、口が嘘言うても、顔に出てくるんやな。だから、友達にはばれてしまうな。やっぱり嘘はあかんな。」

 X君はうん、と頷き、ポケットから消しゴムを取り出した。「ごめんなさい」しょんぼりとうなだれた。手にはくしゃくしゃになったハンカチ。目には涙が溢れそうだった。

「もうやらへんやんな、もう〇〇もええやんな、ちゃんと謝ったしええやんな」と▲君がX君と〇〇君に言った。〇〇君は黙って頷いた。目が笑っていた。X君は〇〇君の方を見て「ごめんなさい」ともう一度言って頭を下げた。

先生は終始笑顔でこのやり取りを見ていた。そして〇〇君に「失くしたらあかん物は持って来んときな」と言い、X君には「もうええ、って言うてもらえて良かったな。もう黙って他人のもん取ったらあかんのやで。」と言った。〇〇君は神妙に頷き、X君はハンカチで顔を擦りながら何度も頷いていた。

何年か後、▲君はとある事件の当事者となってしまい、地元から姿を消した。何があったんだろう。色んな噂が流れたが、私はなんだか悔しかった。普段はやんちゃだったけど、あの時の▲君は本当に優しかった。あれが本当の彼なのでは、と今でも思っている。

X君はとても病弱だった。出産時の事故で、障がいが残ってしまった、と後で聞いた。今も元気なのだろうか。

先生は何年か前に鬼籍に入られた。沢山の玄孫や曽孫に囲まれて、お幸せな晩年だったと聞いている。

二人ともどうしているだろう。



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