見出し画像

久々のテンポ感

関東に来てから一年以上になるが、こちらの人の上品さに軽いカルチャーショックを受け続けている。と言えば聞こえはいいが、実はノリが合わないのでちょっと寂しい。
ボケたら突っ込んで欲しい。自虐ネタは受けて欲しい。別に鬱陶しいほどアピールしているつもりではない。それが関西人だと思う。でもこちらの人にはわからないようで、ボケたら変わった人になるし、自虐をすれば可哀想な人になってしまう。稀に笑ってくれる人はいるけれど、「お付き合いで笑ってあげている」感が否めない。
ボールを投げたけれど誰も受け止めてくれないこの無力感は、多分こっちにいる間ずっと続くんだろうな、と最近諦め気味である。

今日は歯の定期検診に行った。
転勤族が困るのは、美容院と医者選びである。「かかりつけ医」なんて作りようがない。さほど病院のお世話になることはないから普通の医者は良いとして、歯のメンテナンスは定期的に行うようにしているので、歯医者は決めねばならない。
幸か不幸か、現在の住まいは少し歩けばそこかしこに歯医者がある。名前を憶えてここは、と思うところを検索して調べまくった。地元の評判と言うものが全く入ってこない新参者にはネットは強い味方である。
そうやって最初に行った歯医者は失敗だった。審美に力を入れているようで、やたらそっち系の治療?を勧められたので一回でやめにした。もう一軒は行こうと思って問い合わせたらなんと「保険適用外の診療のみ」だと言われて、そんな歯医者が実在することにびっくりした。セレブ御用達、と言ったところだろう。どうりで高級ホテルのような診察室だった筈だ。こちら庶民なので遠慮することにした。

今日の歯医者は職場の真向いにある。まるで小料理屋のような長い暖簾のかかった入り口を入っていくと、温かい木のぬくもりを感じる明るい受付がある。歯医者っぽくない。ずっとジャズが流れている。
スタッフは大勢いるが、皆声が大きくハキハキしていて気持ちいい。
いろいろと良い感じなのだけれど、私がここに決めよう、と思った一番の理由は担当の先生が気に入ったからである。

初めての女性の先生。多分私と同年代だ。小柄な私より更に小さい。丸っこい顔で、団子鼻がカワイイ。すっぴんの人懐っこい笑顔がとてもチャーミングで、一発でファンになってしまった。犬だったら初対面から尻尾フリフリパターンである。
「こんにちわあ。Kと申しますう。院長ではないんですけど、院長とは二十年以上一緒に仕事してきてますんで、方針は同じです。不安だったら言って下さいねー。院長の方が良い、って言って下されば替わりますう。遠慮なく仰って下さいねー」
屈託のない喋り方にこっちもつられて笑顔になってしまった。

マメにメンテナンスをしているおかげで、歯石取りと歯周病のチェックなどで終了。若い頃に沢山ブリッジをかけてしまっているのでメンテナンスはとても重要なのだ。特に楽器を吹くのには健康な歯は欠かせない。小さな虫歯もなく安心した。
ところが終了間際、
「あれっ?ちょっともう一度口を開け閉めしてみて貰えます?」
色々説明を受けて口を閉じた時、先生が首を傾げて仰った。なんだろう、と思いながら言われたとおりにすると、
「あ、やっぱり。顎関節症ですね」
と仰る。一度子供がなったことがあり、聞いたことはあったがなったことはない…と思っていた。
「痛みはないですか?」
「はい、ないですねえ」
「ゴリゴリって音するでしょ?」
「?顎ってこういうものなんじゃないんですか?」
私の真剣な答えを聞いた先生は爆笑した。
「あっははは!違いますよお!もしかしてずっとこうでした?」
「はい。これが普通だと思ってました…」
先生は笑いながらちょこっと説明してくれ、こう付け足した。
「ストレスや過労が原因といわれていますが」
私は首をひねった。
「ストレス…過労…」
先生はその様子を見てまた笑う。
「思い当たる節、ないですか?」
「はあ…これと言って…毎日好きなことしてますし…」
「あはは!良いですねえ!何よりです!」
先生は膝を叩いて笑いながら、
「もし痛みが出たりして生活に支障が出るようでしたら仰って下さい。口腔外科を紹介しますからね」
とにこやかに仰った。

別に受けを狙おうと思ってこんなやり取りをしてしまったわけではないのだが、明るくストレートな笑顔と軽妙な答えに、すっかり嬉しい気持ちにさせられて、夕闇迫る空を見上げながら歯医者を後にした。
顎関節症が悪化しないことを祈りつつ、三か月後のメンテナンスの機会をちょっと楽しみにしている。