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近所のお馴染み犬

我が家がこの家に引っ越してきて早くも三年半ほどになるが、未だにご近所の方々の顔はうろ覚えである。
田舎のように自治会活動が盛んなわけでもないし(なんせ世帯数が半端なく多いから無理なんだろう)、学校に行くような子供もいないから、PTAの繋がりなんかもない。隣は何をする人ぞ、状態でずっとやってきている。
最初は少し寂しいような感じもしたが、慣れると妙な近所づきあいをしなくて良いので非常に楽である。年に一度、自治会費の集金に来て下さる班長さんと喋ったり、顔を合わせた時には挨拶を交わすくらいであるが、程良い距離感のご近所づきあいが出来ている、とおおいに満足している。

大人同士でこれだから、お子さんの顔なんて全くと言って良いほど覚えていない。他家のお子さんの成長は早く、ここに来た時に地面にチョークで落書きして遊んでいた近所の小学生が、中学校の制服を着て帰ってくるのを見ても暫く誰だかわからず、後から気付いてビックリしたりしている。

だが一軒だけ、家族全員をしっかり覚えている家がある。お向かいのSさん宅だ。
特に親しい訳ではない。奥様とは言葉を交わすこともあるが、基本的に他の家と付き合い方はほぼ同じである。
何が違うかと言えば、この家に居る一匹のワン公と顔馴染みであることぐらいだ。
どうやらこのご家族は、犬の散歩が輪番制のようなのである。毎日違う人物が犬を連れている。
犬の顔はすぐに覚えられたので、『あ、あの犬を連れているということはSさん宅のお子さんだな』といった具合に、ご家族もわかるようになってしまった。

この犬はミニチュア・シュナウザーという犬種のようだ。犬の種類には詳しくないが、小さめの、口の辺りにモフモフした髭みたいな毛の生えた可愛らしいヤツである。ちょっと見、人間の『お爺さん』みたいで愛嬌がある。
この子の行動がちょっと面白い。
朝、奥さんが掃除機をかけるほんの少しの間、彼(彼女かも?)は邪魔になるからか、ベランダに出される。ベランダは丁度ウチの方にあるので、悲しそうに鼻をクンクン鳴らしながら忙しく右往左往する小さな白い影が見えて、ちょっと面白い。
夏の暑い日などは彼は小さな籠に入れられ、背中に背負われて出かけていく。『誰の散歩ですか』とツッコミたい気持ちを押さえて、ご家族と挨拶を交わす。毛深いからそれでも暑いようで、彼は背中で文字通り『ホットドッグ』になって舌をだらりと出している。
夜はキラキラ光る首輪でお出かけである。飼い主は愛犬の居場所がよく分かって良いが、着けている本人(犬)はどんな気分なんだろう、といつも思いつつ、キラキラスタスタ歩いていく彼を見送る。

Sさん宅はご夫婦と女の子と男の子が一人ずつの、四人家族である。全員とても背が高い。
ご主人は夫が、
「平井堅に似ている」
というくらいの、彫りの深い、知的で綺麗な方である。
奥様は大きな目に高い鼻で、ギリシャとかあっち系統の顔をした美人さんだ。お姉ちゃんはお母さんにそっくりだから、かなりの美母娘である。
息子さんは今は小学生だからそんなに大きくないが、そのうちビュンビュン伸びるのだろう。この子も小学生離れしたなかなかの男前だ。お父さんに似ている。
エキゾチックな美しい顔の、背の高い人ばかりのご家族だから、イメージ的にはドーベルマンとかシェパードとかの方が似合いそうな感じがする。だが意外なことに、このモフモフの小さなお爺さん犬が飼われているのだから、ミスマッチに笑ってしまう。

彼は私と会うと、連れているご家族より先に気付いて近寄ってきてくれる。それで私も「あ、Sさんのご家族だ」と気付く。
ちょっと撫でると嬉しそうに短い尻尾を一生懸命振ってくれる。息子さんなんかだと照れ臭そうにして、
「オイ、早く行くぞ」
と彼を急かしたりする。躾が良いのか、元々の性格が大人しいのか、彼はいつも大人しく言われるがままに従うが、時折名残惜しそうにちょっと振り返ってくれたりする。
去っていく彼とご家族の後ろ姿を見送ると、なんだか温かい気分になる。

大きなご家族の中の小さな彼は、私にとってちょっとした癒しの存在になっている。











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