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音柄

人柄は態度や表情に表れるものだと思うが、楽器の『音』にも表れる。そんな言葉があるのかどうか知らないが、私は勝手に『音柄』という言葉を使っている。

但しプロの場合は、これがなかなか分からない。演奏技術が高い為、自らの出す音を内心に左右されない。楽器が本来の響きをちゃんと伝えるように吹く術を心得ているし、『自己主張』は曲の解釈においてのみ芸術的に示されるので、奏者の本来の姿は演奏と切り離されているからだ。
しかし、アマチュアはどうしても人柄がでてしまう。音そのものにもだし、演奏の仕方や吹いている仕草などにも出る。心から楽しんで色々な柵から解放されている状態は、もろにその人の地金が出てしまうのだろう。
押しつけがましい人、引っ込み思案な人、大人しい人、賑やかな人、など愛好家にも当然様々なタイプが存在するが、どうしてもその人にあった音になる。こちらがそう思って聴くからかとも思うが、そうでもない。

前の楽団で一緒だったKさんは運営会議などでは自己主張が強く、こちらが持てあますくらいだった。しかし楽器を持つと非常に控えめで、吹いているのかいないのか、判別が難しいくらいだった。出す音と人柄のギャップが大きすぎて、一体どういう人なんだろう、と思っていた。
蚊の鳴くような音だったから、重要なフレーズを任せることが出来ず、なるべく簡単な動きのパートで、常に誰か上手い人と必ず一緒に吹くようにパートを決めるようにしていた。

音楽監督だったY先生は学校の吹奏楽部の先生だったせいか、こういったことに敏感だった。
私がパート分け(クラリネットの1st、2nd、3rdを決めること)について相談した時、
「吹けない人にも色んなパートを任せてあげて下さいね。そのパートしか吹けません、となるのはその人にとっても、楽団にとっても良くない事ですから」
と仰った。
それまでKさんに1stでメインメロディーを吹いてもらう、なんてことはクラリネットパート全員の頭になかった。当の本人のKさんの頭にもなかったと思う。だが、音楽監督の指示とあらばしょうがない。
私は『花は咲く』というかなり簡単なイベント用の曲で、初めてKさんを1stに抜擢した。誰のサポートもない。正直大丈夫だろうか、と不安だったが、取り敢えず任せてみることにした。
楽譜を受け取ったKさんは目を剥いて、大変驚いた様子だった。

だが、ここからKさんの猛練習が始まった。といってもKさんは全てを自己流で押し通してしまう方だったので、練習の仕方もそれなり、である。
でもその姿には張り切っている感じがありありと出ていて、失礼な話だが、同じパートの人間と顔を見合わせてクスリと笑ってしまうくらいだった。
Kさん、本当は重要なパートを任せてほしかったようだった。
そんなに必死になって練習しなくても吹ける曲なのだが、Kさんは毎日毎日物凄く練習していた。Kさんの家は夫の通勤途中にあったのだが、ある時夫が
「Kさんの家のそば通ったら、こんな時間にクラリネットの音してたぞ」
と教えてくれたので、その猛練習ぶりがバレてしまった。

猛特訓の成果はあり、Kさんは自信を持って『花は咲く』を吹けるようになった。それは大変喜ばしく目出度いことなのだが、自信をつけたKさんの音は、しっかりとKさんの『人柄』を反映するようになってしまった。
『なってしまった』なんて酷い言い方だと我ながら思うが、パート全員がそう思っていたと思う。それまでの消えそうな音はどこへやら、Kさんは主張の強い、いや強すぎるほぼ爆音に近い音で吹くようになったのである。
しっとりと静かな『花は咲く』が大変賑やかな、押しの強い曲になり、私としては複雑な心境だった。

この時から、Kさんは更に練習熱心になった。そして何より、楽しそうになった。それまでは『この人、何が楽しくて吹いてるのだろう』と思うくらい吹いているのかいないのかわからない小さな音で吹いていたが、ある意味堂々と、気分良さげに吹いていたから、私も含めて周りは何も言えなかった。
温かく見守っていた・・・といえば聞こえは良いかもしれない。

Kさんが小さな音で吹いていた頃は
「この人、あんなに自己主張強いのに音は大人しいなあ」
と不思議に思っていたが、この一件で確信した。
やっぱり『音柄は人柄』である。