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オレにもくれや

私は毎朝、レーズンを食べることにしている。
随分前に酷い鉄欠乏性貧血を指摘され、『少しずつでも、食べ物で継続的に補うように』と言われてから食べ始めた。今は貧血ももうすっかりなりを潜め、ほぼ健全な血液であるから食べなくてもいいようなものだが、長い間の食習慣をいきなりやめる気になれず、今でもずっと食べ続けている。
量は二つまみほど。ヨーグルトに入れる。キウイや季節の果物を入れることもあるが、基本的にヨーグルトとレーズンという取り合わせは年中変わらない。

一方夫は毎朝、リンゴとバナナとヨーグルトを一緒に食べる。これも長い間変わらない習慣である。リンゴは四分の一個を皮ごと薄く切って、バナナはほんの少量添える程度、ヨーグルトは一匙、という割合もここ数年変わったことはない。

朝食は大抵一緒にとる。
時計代わりのニュースを流しながら、二人して黙々と箸を運ぶ。
夫の朝食は果物の他はサラダ、目玉焼き、豆乳、野菜ジュース。私は納豆、温泉卵、リンゴ、温野菜、トマト。二人共炭水化物は摂らない。
食べているものは違うが、これが我が家のいつものスタイルである。

ところが先日、私の食べる様子をじっと見ていた夫が、
「おい、オレにもレーズンくれや」
といきなり言って、私に向かって片手を伸ばした。
別に私の食べ物と決まっている訳ではないし、
「どうぞ。好きに食べえや」
と袋ごと夫の目の前に置いた。
すると夫は
「なんかお前食ってたらうまそうに見える」
と言いながら、ざあっと袋を荒っぽく傾けた。その途端案の定、レーズンはザーッと大量に夫のヨーグルトの鉢に入ってしまった。
ちゃんと少しずつ掌に出してから鉢に入れないから。ため息が出そうになるのをぐっと堪え、山のようなレーズンを横目で見ながら黙ってスプーンを口に運んでいると、
「こんなに要らん。お前、ちょっと食ってくれ」
夫は乱暴にてんこ盛りのレーズンを指でつまんで、やおら私のヨーグルトの鉢に入れ始めた。
「ちょっと、やめて。そんなに食べたら鼻血でる!」
と鉢を手で塞ぐと、
「じゃあオレに鼻血出せっちゅうんか」
と夫はニヤニヤしながら言う。だからって、なんで私が食べなあかんねん。
朝から給食の奪い合いをする小学生より低レベルな会話をしているような気がして、ちょっと情けなくなる。
結局、ヨーグルトに触っていない出し過ぎた分を別の容器に保管して、翌日以降優先的に食べることにした。忙しい朝に、余計な仕事を増やさないで欲しい。

私は朝晩、洗顔後にパックを欠かさずしている。おかげさまでシミが少なくすんでいる・・・筈である。
夫はこれも気になって仕方ない。私が風呂上がりにパックをしていると、
「なあ、それ※ほかす(関西弁で『捨てる』の意)時もまだ湿ってるやんな?」
と探るような目つきをして言う。
「そらまあ。カラカラにはならんよ」
と答えたら、
「捨てる時、くれや。オレもパックする」
と突然メンズパック宣言をするので、呆れてしまった。
私が怪訝な顔をして黙っていると、
「なんでそんな顔するんや。オレもお爺さんみたいなシミいっぱい出来んの嫌や。パックする。くれよ。エエやろ」
としつこい。
しょうがないので、自分のパックが終了した後シートを渡した。

「なんやこれ、具合の悪いもんやなあ」
早速シートを顔に乗せた夫は、目を瞑ってブツクサ言っている。
「顔の自由がきかんやんけ」
『顔の自由』とはなんのことか。要するに表情筋が動かしにくい、ということなのだろう。
「三分くらいで外すから、良いんと違う。乗せ過ぎはかえって乾燥するらしいよ」
とちょっと講釈を垂れたら気に入らなかったのか、
「もうめんどくさいからエエわ」
と早々に剥して捨ててしまった。
パックは夫の性に合わなかったらしい。

私は毎朝洗口液で口を漱いでいる。口臭防止と、スッキリ感持続の為であるが、これも夫の目にとまりつつある。
「それしたら、口内炎出来ひんのか?」
夫は体質的に口内炎が出来やすい。最近は少しマシにはなっているが、ちょっと忙しい日々が続くと間違いなくこさえている。
洗口液を使うと口内炎が出来にくい、という話の科学的根拠は知らないが、会社の若い部下が話していたのを小耳に挟んだらしい。
「さあね、私はアンタほど口内炎作らへんから・・・」
曖昧に答えを濁す。これ以上『私のもの』を奪われたくない。どうせやっても一時の気の迷いにしか過ぎないだろうが、私としては例え一時的なものであっても、自分の使っているものを減らされるのは嬉しくない。
どうやら今のところ、夫の洗口液ブームはまだ本格始動していないようだ。
どうかこのまま、ブームが再燃しませんように。
祈るばかりである。

私の使っているものが気になってしょうがない夫。
使ってくれても良いんだけど、それなら補充も手伝ってよ!