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大正スピカ-白昼夜の鏡像-|最終話|王座

國弘によって、八咫烏と天皇家の人間が集められ、会議が開かれた。

その中には、鈴子、周、駿河の姿もあった。

中央に置かれた空席になったままの王座。

その後ろには、十字架が飾られており、この王座を境に、八咫烏と天皇家が向かい合い、整列している。

王座を正面に、左手に八咫烏、右手に天皇家。

天皇家の隣にはサンカたちが並んでいる。

八咫烏と天皇家、互いの歴史に決着をつけるべく、異例の会議が始まった。

「本日、新たな一歩を踏み出すべく、天皇家と八咫烏、両者に関わる全ての者に集まってもらった。真の日本を代表する血筋はどの家系なのか。それを、今日この会議で話し合ってもらう。意見を述べるのは、天皇陛下、八咫烏の神官である神岡正篤と与根葉澄子、そしてサンカの代表者の4名だ」

「これまで、日本という国は、サンカによって護られてきた。サンカたちからその権利を奪ったのは、紛れもなく元天皇家の人間。ただ、彼らの血筋が繁栄したからこそ、現在の安定した日本が作り上げられているのも事実。しかし、その反面、表舞台から姿を消した者がいるのも確かだ。その者たちが我々日本人の先祖であることに変わりはない。八咫烏は、太陽神となった血筋を護るのが定め。まずは、天皇家とサンカ、この二つの血筋から次の太陽神となる血筋を決めてもらう。それぞれの代表者、この内容について意見を述べよ」

最初に、これまで巫女として天皇家を護ってきた澄子が話し始めた。

澄子は、二つの歴史をよく知る人物であり、両者の間を受け持つ役目を担ってきた人物。彼女は、人間と神を繋ぐ宝を守る権利を主張した。

次に登場したのは、サンカの代表者。

洗練された日本人形のような幼い顔立ちをした女性だ。月光族の証である龍の鱗は、耳裏のみならず、首筋にまで生えている。

彼女は、龍の眼のような深い瞳をしていた。そして、目を細め、真っ直ぐ前を見つめたまま、話し始めた。

「我々サンカは、天皇家の皆さまよりも長い歴史があります。神と人間の繋がりは、今でも存在するのです。ゆえに、我々の血筋を護るということは、本来、日本国を象徴する行為。霊的かつ現実にある本質は、常に我々のもとにあるのです。過去に、天皇家に国を護る権利を奪われたのは確かです。ですが、そこに未練も執着もありません。表と裏、両方の側面を持ち合わせているのが、現在の日本という国なのです。どちらかが欠けても争ってもいけません。これまで通り、互いに存続する形が望ましいと考えます」

彼女の透き通るような声。その中にある、微塵もぶれのない信念は、会場にいる全ての心を掴んだ。

次に、正篤が口を開いた。

「我々八咫烏は、これまで天皇家を護り、共に時代を築き上げてきました。しかし、裏では、事実の隠蔽いんぺいが横行しており、それをしなければ存続することができないと教育されています。事実に関わる者を仲間に取り入れ、天皇家はここまで大きくなりました。この実態に、天皇家を護ると誓った私の信念は捻じ曲げられ、苦しめられてきたのは事実です。ゆえに、このままの状態で存続できるとは、私には到底思えません。現に、先ほどのように、良からぬ企みをした者に王の座を奪われました。これから、天皇家ついては、新たな血筋が担う必要があると考えます!」

誰もが正篤の言葉に耳を疑った。

二つの血筋を否定するだけでなく、新たに、この二つ以外の血筋を天皇家にすべきであると発言したのだ。

明らかな暴挙に出た正篤ではあったが、何も、私利私欲のためにこの発言をしたわけではなかった。

「彼を呼んできてくれ」

すると、正篤のもとに、周と同い年ぐらいの少年が連れて来られた。

その少年の正体に、誰よりも早く気付いたのは、衣織だった。

次に分かったのは、周。

過去の微かな記憶と結びついたようだ。

正篤の口から、とんでもない事実が明かされる。

「彼こそ、現代に相応しい、天皇家とサンカの両方の血筋を合わせ持つ人間。過去、現在、未来、全てを司る能力を持ち合わせています」

この少年に隠された真実。

それは、今まで正篤が明かすことのなかった計画の中に隠されていた。
 



國弘は、鈴子と裕次郎を連れ、熊本へと移住した。

その村で、最初に起きたボヤ騒ぎに真実は隠されていた。

実は、吉見神社の境内に火をつけたのは、國弘の兄と衣織の間に産まれた子ども。

つまり、ボヤ騒ぎを起こした子どもの母親は、鈴子の家の隣りに住んでいた女性ではなく、衣織だったのだ。

隣りに住んでいた女性は、貰い子養子として育てていただけの乳母うばだった。

その事実を唯一知る彼女が、裕次郎と同じ日に殺された。

あの日、火を付けてボヤ騒ぎを起こした子どもこそ、この國弘の兄と衣織の血を引いた、新たな天皇家となるべき人物。

正篤はそう考え、彼を天皇にすべく、これまで計画を立ててきた。

「天皇家とサンカを混合させる」

これが、正篤が目指す世界。

そこから始まった正篤の計画。

「平塚家の血筋には、天皇家が生まれる前からユダヤの血が流れている」

若い頃に中国へ渡り、修行していた正篤は、天皇家の痕跡を辿るだけでなく、失われた十支族の痕跡も同時に辿っていた。

そこで、平塚家の人間である國弘の父親と遭遇し、國弘の存在を知った。

正篤は、父親の協力のもと、國弘の監視を始めた。なぜなら、彼が重要な血筋だと知っていたから。

さらに、衣織がサンカであることが分かると、正篤は、再び父親に協力を仰ぎ、衣織を國弘の兄と結婚させた。

そのまま、國弘を監視しながら、衣織の情報が届かないようにするために、彼を熊本に移住させたのだ。

本来、天皇家になるべき血筋は、平塚家に伝わるユダヤの血筋を持つ人間。

十字架は、元々ユダヤの宝物だった。

十字架を取り返すのを目的に、それを隠した裕次郎を殺し、十字架を取り返した。

裕次郎の葬儀の際、来ていたのもこの少年だった。

鈴子も國弘も、そして、周も、彼に会っていたのだ。
 



正篤は、緻密に計画を練るだけでなく、実際に、その計画を実行していた。

これは、彼の執念だった。

全ては、この日のために。

3人は、事実を目の当たりにする。

少年の耳裏に、龍の鱗があったのだ。

「このままでは、これまで築いてきた関係に亀裂が入ります。これまでは、どちらかが日本を牽引し、どちらかが裏に回ることで、互いに事実を隠し、何とか均衡きんこうを保ってきました。彼こそ、その両方の血筋を合わせ持つ人間です。日本を良き方向へ変えてくれることでしょう。彼の血筋を新たな天皇家とすることを推奨します。 私の意見は以上です」

誰も予想していなかった内容。

先程まで地下に閉じ込められていた昭和天皇の発言に注目が集まる。

天皇は、王座から立ち上がり、前へ出ると、丁寧に頭を下げた。

「新たな時代が来ると、新たな者が生まれくるのが、この世の仕組み。この仕組みも必要であることに変わりはありません。先程、正篤が述べた内容が事実であったとしても、我々がこれまで千年以上もの間、この国を築き上げてきた事実に変わりはありません。それによって、現在、日本は均等が保たれ、国民同士の大きな争いも起きていません。我々天皇家が国民の象徴となった運命も、国民が望んだ運命と言えるのです。今、国民は、天皇家と共に歩み、皆が幸せに暮らすこと以外、何の執着も何の欲も必要ではないはずです。この王座を決定する時間すら、国民の為になっていないのです」

昭和天皇は、強い口調で正篤の発言を一蹴した。

正篤は、顔色一つ変えず、天皇の目を見ていた。

「ただ、我が天皇家が象徴となったことで、裏で被害者となってしまったサンカの皆さまには、天皇家を代表して深くお詫び申し上げます。そして、この会場にいる八咫烏の皆に対しても、長きに渡り、天皇としての職務を全うできなかったこと、そして、悩み苦しめさせてしまったこと、これらに対しても、お詫びします」

天皇は、再び深々と頭を下げた。

天皇という立場を担う者は、ただその立場を演じることが全てではない。彼は、それを人格で表現していた。

どんな血筋であろうと、目の前に映る者を真似ることはできても、新たに切り拓く覚悟は中々出来ない。

気付けば、白夜の月明かりが昭和天皇を照らしていた。

「私が天皇となった、この時代はすでに、ある人物によって、我々を含め、国民全員に危険が及ぶことが暗示されています。世界大戦が間もなく起ころうとしているのです。今は、ここにいる全員が手を取り合い、日本を守っていかなければなりません。そのために、全ての時間を費やさなければ、日本に未来はないのです! 今一度、全ての責任を私に託していだだきたい。彼は、まだ若い。我が国の王座の話は、彼がもっと大きくなってからでも遅くはないはずです」

大正時代に行われた八咫烏の会議で、裕次郎が話した、あの言葉。

「十字架は、一つ先の天皇が手にする運命にあります」

この言葉は、天皇にも深く記憶されていた。そして、この言葉によって、全ての流れが変わった。

これまで築いてきた歴史をここで壊さないためにも、天皇は、この判断が望ましいと結論付けた。

日本に危険が迫る中、正篤の思惑も同時に交錯し始めていた。
 



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