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日本一小さな町のnote #09[湯]

日本一人口の少ない町・山梨県早川町の魅力をお伝えするnote。GWでしばしお休みしましたが、再びカメラマンの鹿野がお送りいたします。

早川町の自慢といえば豊富に湧く温泉です。「世界最古の宿」としてギネスブックに登録されている慶雲館など温泉旅館もいくつかありますが、今回は気軽に入れる日帰り温泉(もたくさんあるのですが)3軒を紹介します。

まずは外せないのが奈良田温泉女帝の湯。とろみがあってぬるめなのが特徴で、美肌の湯として知られています。秘境の奈良田にありながら、オープンと同時に混み合うということで、朝早くの清掃中に撮影に伺いました。

露天風呂はありませんが、窓の外には奈良田湖とその向こうの山々が。ぬるめということもあり、景色を眺めながら2〜3時間じっくり入浴するお客さんが多いそうです。肌も心も洗われそう。

ちなみに今ここを管理運営しているのは奈良田集落の活性化に取り組む一般社団法人秘境わくわくエンジン。代表は#07[宿]の記事で紹介した秘境冒険民宿山人砦の鹿島さんです。まだ引き継いだばかりで食事処は休業中ですが、今年(2024年)6〜7月にはリニューアルオープンの予定。山人砦のようなおいしい料理が…と思うと楽しみでなりません。

というわけで僕が撮影する傍らで、鹿島さんの奥さまが総檜の浴槽を清掃中。手前にいるのは、この日僕の助手を務めた息子5歳です。実は3歳の頃にもここへ連れてきて、ふつうに客として親子で入浴しました。息子は極度の乾燥肌で保湿クリームとステロイドが手放せないのですが、入浴後はびっくりするほどすべすべ肌に。我が家も給湯スイッチを押したら、このお湯が湧いてきたらいいのに…と本気で思いました。

撮影が終わって外に出ると、オープンの午前9時までまだ時間があるのにたくさんのお客さんが待っていました。ちなみに女帝の湯という名称は、この地で湯治をしたと伝えられる第46代・孝謙天皇にちなんでいます。

「よくきてにー」という看板に息子は興味津々というか、ツボにハマったようで、帰り道は車の中で「きてにぃー!きてにぃー!」と笑いながら叫んでいました。

続いては女帝の湯のすぐ下にある奈良田温泉 白根館。小さな奈良田の集落には2軒も素晴らしい温泉があるのです。以前は家族経営のアットホームな旅館で、僕も泊まったことがあります。料理が絶品でした。今は立ち寄り温泉のみ営業をしていますが、泉質は以前と変わらず。ただしその日によって透明だったり、グリーンだったり、あるいは白濁したりと色が変わります。

撮影した日はグリーンでした。泉質は塩化物泉・硫酸塩泉で、女帝の湯とは源泉が異なります。こちらの創業は昭和37(1962)年。今のご主人で3代目になります。以前、奈良田の集落は今の奈良田湖にありました。集落にはぬるま湯が湧く“洗濯池”があり、冬は文字通りそこで洗濯をしていたそうです。しかし戦後ダムが建設されて水没。地元の人たちはあのぬるま湯をもう一度とボーリングを繰り返しますが、なかなか源泉を掘り当てられず。地震が起きてようやく湯が湧き、初代が白根館を始めたそうです。その後2本目の源泉を掘り、現在はそちらの湯が使われているそうです。もちろん源泉かけ流しです。

男性の露天風呂
こちらは女性の露天風呂

右は2代目の深沢守さん。#03[猟]の記事でも紹介した“かのし会”の、結成当初からのメンバーです。長男の誕生を期に東京からUターン。冬の閑散期が長かった白根館を、温泉を前面に押し出して一年中予約が絶えない宿へと成長させました。そして今は左の次男・光司さんが3代目の湯守として、この秘湯を守っています。

奈良田以外にももちろん温泉はあります。顔ぶれは観光協会のホームページをご参照いただければと思いますが、その中のヘルシー美里は後日、自然体験について紹介する予定です。こちらでは冷鉱泉を加熱していますが、弱アルカリ性で肌に優しいと評判です。


早川町の温泉でもっとも自然を感じられるのが西山温泉 湯島の湯。硫黄臭のする高アルカリ性で、開放的な露天風呂ではせせらぎが聞こえてきます。

撮影時は露天風呂に風除けの覆いがありましたが、例年5月下旬には撤去。さらに開放感が増します。また洗い場では樋で温泉を流しており、湯を被ることができます。

以前撮影で早川町を巡っていたとき、奥まった集落の外れに廃屋がありました。何かのお店だったのかなと思ったら、お婆さんがひとりで営んでいた湯治宿だったと聞きました。早川町に効能が高い温泉が湧く理由は、その地質にあります。約1700万年前、ユーラシア大陸から離れた日本列島の原型は、その後真ん中で裂けて2つの島になりました。

その海峡に砂や動植物が堆積。太平洋側からの圧力で隆起し、日本アルプスや富士山を含む高山帯が生まれました。それがラテン語で「大きな溝」を意味するフォッサマグナです。その西端にあたる糸魚川静岡構造線が、早川町を南北に貫いています。町内には珍しく山肌に境界が露わになっている国の天然記念物新倉断層もあります。

新倉断層は南に面した露頭。左がユーラシア大陸から分離した土地、右がフォッサマグナ、つまり隆起した海底です。そのフォッサマグナには1000万年以上昔の海水が封じ込められています。豊富なミネラル分が地下水と混じり合い、地底のマグマで熱せられたのが早川町で湧く温泉なのです。美肌の源は太古の昔の地殻変動にあり。早川町へお越しの際はぜひそんなロマンを感じてみてください。


早川町の観光に関するお問い合わせは、早川町観光協会(TEL0556-48-8633)までお気軽にどうぞ。県道37号沿いの南アルプスプラザには、スタッフが常駐する総合案内所もあります(9〜17時・年末年始以外無休)。


■写真・文=鹿野貴司
1974年東京都生まれ、多摩美術大学映像コース卒業。さまざまな職業を経て、フリーランスの写真家に。広告や雑誌の撮影を手掛けるかたわら、精力的にドキュメンタリーなどの作品を発表している。公益社団法人日本写真家協会会員。


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